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「世界の中心で愛を叫ぶ」 のなかで 主人公の大沢たかおさんが
母校の体育館を 訪れるシーンが ありました。
あの気持ち ものすごく よくわかる気がします。
鎌倉で生まれ育ちましたが 中学一年から二年の二学期まで
仙台で過ごしました。多感な時期を のんびりしたところで
暮らした経験は かけがえのない財産です。
バレンタインのチョコレート 初めてもらったのも
体育館の脇でした。四半世紀以上たった ある七夕の日
訪ねてみました。 あったんですね、思い出の渡り廊下が。
おりしも 夏休みの部活中 プールでは 男の子と女の子が
冗談いいつつ 練習中。 「今も 昔も 変わらないな。」
その夜 子供たちと食べた牛タンのおいしさとともに
一生忘れないと思います。
いくら 忙しくても 「ビビビ」 ときた 男性から誘われれば
なんとか都合をつけて 飛んでいくって。
「ビビビ~っ!」って いわれると ウルトラマンのスペシウム光線
を 思い浮かべてしまうオジサンでも なるほどと思います。
男もそうだと 思います。 ただ 仕事のウェイトが 男のほうが
重い場合が多いし 「ビビビ」に対して 鈍いのも事実。
いろいろなものに 素直に反応できるよう 感性のアンテナを
はっていたいぜ。そうすれば 「ビビビ」 の受信もふえるかも。
ここまで書いて ふと思う。 「ビビビ」について よく聞かされる
ってことは 「ビビビ」って こないってことだな。
木枯らしの吹く季節 急に こころに 隙間風 「ピュー!」
昨晩は同窓会 おいしいお魚 お酒 会話 毎年のことだけど
同級生と 他愛のない話で 盛り上がるのは とても楽しい。
五反田の 魚金さん にはたくさんおいしいものがありました。
食べ物がおいしいと 会話もはずむものです。いつも幹事役ですが
人々が 出会う場所をセッティングするのも 場をつくるしごとに
通じると思ってます。今はなき 建築家 吉阪隆正さん のことばに
「世界中に 同世代の同志を 確立せよ」 とあって 学生の時から
こころの片隅に ずっと残っています。世界中までいけるかどうか
わからないけれど まわりの友人たちの 集う場所をつくることが
その意志に つながっていけたらいいな。
紅葉を見にいこうよう なんつって。
いままで たくさんの椅子に坐ってきました。肩書きのついた椅子も
ありますね。「総理のいす」「社長のいす」 某繁華街の女性のいる
お店では みんな「社長さん」と 呼ばれますけど。
そういう はなしではなくて いい姿勢を保つことが 椅子の座り心地の
はじめの一歩と思います。デスクワークには しっかりと身体を支えて
くれるOAチェアがいい。私の椅子は 岡本製作所の「バロン」チェア
デザインはジウジアーロ コドモのころ いすず117クーペのデザインが
好きだったので 決めました。リクライニングができて お昼寝に最高です。
設計事務所をやっているので 「所長のいす」 あんまりいわないな。
うつくしいひとは 立ち姿もうつくしい。姿勢がよくて 遠くからみても
凛として 一本 筋が通っている。だんだんと 寒くなってくると
背中が丸まって 格好悪くなるものですが ピンと背筋ぐらい伸ばして
インフルエンザとかにも 立ち向かいたいものです。
犬にも 「待ち姿勢」 というものが あるようで。
昨晩は おいしくワインをいただきました。自然のめぐみに感謝。
葡萄という作物からのおくりもの おいしく出来たワインを
「お祝い」するイベントと 考えて 楽しんでいます。
ゆうべ 痛飲して 通勤しているひともいるのではないかなぁ?
幸い 私たちは 飲み過ぎることもなく ホームオフィスなので
通勤時間は15秒 ありがたいことです。サラリーマン時代は
痛飲により 二日酔いでフラフラしたり 寝過ごしたり 痛勤して
いました。満員電車に揺られる時間 サラリーマンのひとたちは
トータルすると 何年間か 電車の中で暮らしていることになるそう。
そのあげく 病気になって 通院する やなサイクルです。
自由業なので 今朝も犬と散歩 今日の海は うす曇り
でも 伊豆と大島 見えて なかなか きれいでした。
ややこしい問題や どうしようもないことに きもちを
引っ張られていては どうにもたのしくないですな。
結局 だれにでも 時間は平等だし 悩んでいるひまが
あったら 体を 動かして 一歩踏み出せば
たちまち 周りの景色も 変わっていくもの。
前年比で右肩あがり なんてことばっかり追求しても
それが 一体 どれほどのことか。
前向きに 後ろを向くこと 「昔は良かった」ではなくて
一昔まえに立って いまの方向を見てみれば
目線も自然に変わって 新しい視点がもてる。
考えることも 大切ですが からだが 固まってしまっていては
なにも 変わっていきません。季節は 毎日 着々と 冬支度。
うちの犬の 怒った顔 笑った顔 見ていると
こっちまで 単純で簡単な きもちになりましたとさ。
子供のころ 遠足の前の日 わくわくしていました。
すこし 成長して 文化祭の準備をみんなでして
前夜祭 学園祭しかり 実際はじまってしまう前が
じつは一番楽しい あれこれと準備しているときが
みんなの個性が 発揮されて 盛り上がって
いざ 当日の朝を迎えると すこしテンション下がって
いたり・・・・。さて あしたになればボジョレーが
待っています。お店は deux mille deux
ドゥ ミル ドゥ 鎌倉の裏駅 御成町にある
ワイン屋さんです。おいしいワインに食材 美しい小物
に 気さくな オーナー ムッシュという感じです。
お店の名前の由来は ・・・ そういえば まだ聞いたことが
ありません。いらっしゃって たずねてみてください。
ことしも 出来がよいそうで さてメニューは どうしよう?
数字に弱い人 数字につよいひと 数字に追われるひと 仕事をしてる中で
よく問われる デジタルの時代でも 結構 自分のラッキーナンバーを信じて
いたりするし 最近は 車のナンバーも ぞろ目にしたり 数字を気にする人
多いと思います。背番号「1」と「3」 といえば 王さん 長嶋さん しか考えられない
世代なので なにかと 「割り切れない」 ことの多い昨今 子供のころは
単純でよかったな。と 思っていたら うちの子供が 「444」の ゲーム表示を
みて 「こわっ!」 「不吉!」 反応のしかたは いまも昔も 同じようです。
建物の設計屋をしていると つくづく 数字相手の 商売だなと思います。
家でも ビルでも ひとが使うものであれば 「寸法」 という数字を大切にしないと
使いにくい みにくいものになってしまいます。日本であれば 畳の大きさは
坐って半畳 寝て一畳 身体の寸法から きていますし お箸ひとつとっても
手の大きさや 指の長さによること など。建物の 使いやすい 使いにくい
は ひとつひとつの 小さな寸法から はじまっているものです。
もうひとつ 大事なことは 「比例」 簡単にいうと 小さな寸法と 大きな寸法の
バランスでしょうか。縦長 横長 プロポーションのいいひと と同じで 建物を
かっこうのよいものにするためには 設計屋のバランス感覚が問われます。
でも 偽装問題では そもそもの 人としてどうか が問われていました。
建物をつくるのには たくさんの「お金」がかかります。人様のお金で建物を
自在に設計する すばらしくも責任の重い設計者たるもの 日々の糧に
設計をして 飯を食うのならば 「人様のお金」である という感覚を
失うことは 自分の存在理由を無くすことにほかなりません。
まっとうに 「数字」という現実を 日々相手にしていると ふと空を
見上げて うつろう雲のかたち に励まされる ぞろ目の日です。
日本の風景には どこへいっても それはたくさんの立て札や標識や看板があります。
それに加えて 「うるさい日本の私」で中島義道さんが書かれているように
たくさんのアナウンス。「黄色い線の内側までお下がりください」「危険ですから手摺に
おつかまりください」「携帯電話の電源はお切りください」 などなど あげていけば
きりがないです。鎌倉の小町通りにも 音を垂れ流す店が でてきました。
鎌倉は世界遺産に登録を目指していますが 図書館は貧弱ですし 街中の道路は
段差ばかり 足元をみていません。どこが 文化都市なのでしょう?
古都というものは たくさんの積み重ねで 出来上がっているはずなのに
いらないもののほうが たくさん降り積もって そのうち 覆い隠されていくのかな。
立て札によくある 「ポイ捨て禁止」 の ポイ捨て って行動そのまま貧しい言葉。
きっと ポイ捨てするひとは 自分の一部分を 捨てているんだよ。自分の大切な
プライドでさえ ポイって とっかえひっかえ。 挙句の果てに 中身がからっぽに
なったら 自分さがし したりして。 なんて 犬相手に 声高に 言ってみても.......。
地面に ポイ捨て禁止 って書くひと と 捨てるひと の感覚は 同じ気がします。
残念ながら うちの犬には 読めませんでした。
きのうから また人様の住まいを考える仕事をはじめました。
たくさんの設計屋さんが参加する設計コンペ(競技)です。
偽装はやり?の一級建築士 すでに登録している有資格者は
30万人以上 (ただ通し番号制なので最初のほうの方たちは
すでに.....。)多すぎるのが 偽装の一因かと 自分のことは棚上げ
して 思っています。自分の中身の棚卸しをするためには
新しいきもちで ある家族の家を考えることが必要です。
いま ひとびとがほんとうに必要としているものは 「物語」
家族のこれからの生活という ものがたり を受け止め
紡ぐことができるような たしかな器をつくりたいものです。
自分のことばを エンジンとして すこし前のめりに
月末の締め切り目指します!!!
だんだんと肌寒い朝になってきました。顔を洗うのもお湯になり
枯れ葉舞い落ちる、毎日掃き掃除、レレレのおじさん化しています。
もう年賀状のはなしが聞こえていますが、40億枚以上の売り上げが
毎年コンスタントに見込めるなんて、超極零細微弱企業経営者からみると
なんともうらやましいこと。あけおめメールですますひともふえているけれど
やはり年賀状ぐらいきちんとだしたいものです。季節の感覚をもつことこそ
日々の穏やかなくらしに通じるものだから。
年賀状に限らず 気持ちを込めた手紙を 運んでくれる 郵便局って
やはりとても大事な仕事をするとこ。郵便事業株式会社になっても
さらに窓口対応の遅さに拍車がかかっていたりするけれど
大事な手紙をはこぶ原点にたてば いずれよくなることでしょう。
まちを歩けば いろいろと 目にするJPさんです。
むかしむかし 空き地がたくさんあったり 路地裏だったり 裏山だったり
川でザリガニ探しだったり こどもの遊び場は たくさんありました。
八幡様の境内や 小学校の裏山にも こもったり カン蹴りしたり
爆竹で やけどして 血豆つくったり それはそれは たくさんのことを
夏草や 土のにおいとともに 過ごした思い出があります。
いま こどもたちは おうちでゲームの日々です。友達のいえでも
たがいに ニンテンドーDSの画面を見ながら 会話?してます。
でも 笑い声を聞いていると むかしもいまも 同じような気がします。
親友が かけがいのないのは これからも おなじでしょう。
さて、我が家も 川の字寝から 二の字寝×2 に変わる時期を
迎え 子供たちのスペースを 片付けました。まずは ベットと椅子を
用意して あとは 手摺の高さに合わせて 長いカウンターを。
いわゆる 子供部屋は いらないと思います。どうせ 食卓の大テーブルが
机になったりしているのですから。ただ ひとりになって こもりたい日も
これからは あるだろうから そういう居場所 こころのよりどころのような
ところが 家の一部にあればいいと 子供だったころを思っての結論です。
願わくば シルクロードのちいさな岩窟のなかで 小さい空間ゆえに
おおきな 宇宙と交信した 僧侶のような 感覚をもってほしいと思います。
(写真はビフォーです。アフターは次回に)
いまや情報がたくさんあって いろいろなひとが意見を述べていて
参考にもなるのですが、時々、では自分の意見は?と自問してみると
なんにもなかったりして。でも、やる気はなにかやらないと出ないので
自分なりにすこし考えてみると、モノがたくさんあり過ぎて、モノあまり
人々が買わなくなって経済が回らないのではなくて、じつはご自分の
アタマそのものがよく廻ってないのでは、という結論になりました。
自営業という自由業をなりわいにしていると、結局「からだが資本」
というところに落ち着きます。最高の自然資産として、ちいさなおのれ
をみれば、自然資産=からだという 身体資本主義 が成り立つと
思ってみました。多分、自分に都合のよい ご都合主義のことです。
「これでいいのだ。」
いまは ものあまりの時代と 言われて久しいのですが 相変わらず
ものづくりをしている私たちでさえ なにも省みず 地球から資源という
あまりに寛大なサービスを受けながら ものを造り続けています。
ひとりひとり 自分のこころに 問いかけてみたら 足りない時代に
いることが わかるのではないでしょうか。?
・考え方 ・責任 ・知恵 ・感謝 ・思いやり ・行動 などなど・・・・。
人には 器の大きいひと と表現がありますが ひとえに大きな考え方
やわらかな考え方が出来る人のことかなと思います。自分の中に核が
あって そこを中心に 周りを見ることができ 内面から自然に湧き出る
意志によって 行動するから 責任をもつことが当たり前である。
おばあちゃんの知恵袋を紐解けば 知ることの恵みを受ける。
「ありがとう。」って 感謝するきもちが 素直にうまれる。
もうひとつ 足りないのは ひとのいうことばに 耳をかたむけること。
自分のことをわかってほしいひとばかりで (ブログ書くひとのこと?)
だまって聴いてあげるひとがたりない。
建長寺の和尚さんは ひとがなにか言ったら 返事は「ああ、そう」で
いいと。ただ 嘆くひとには「ああ、そう」のあとに「大変だったねえ」を
喜ぶひとには「ああ、そう」のあとに「良かったねえ」をつければいい。
おもいやりとは そういうちいさなことばの積み重ねなのでしょう。
ふと 足元をみれば きれいな花が咲いていました。
しあわせとか 希望とか 身近なところにあるものです。
ハロウィンがおわって 11月のはじまり。よく作家さんとか雑誌づくりの編集者は
お正月号用に 原稿を まとめて早めにあげることを 年末進行といってますが
最近はなんでも 前倒しで お歳暮 クリスマス 年賀状 おせち予約
みなさん 早過ぎやしませんか? 自然の紅葉は 12月に 先送り?
のんびり 進行して行くのに せっかくのいい季節が 11月から慌しいのは
値上げの秋 だからでしょう。庶民は つつましく 身の丈にあわせて
暮らしたいものです。
今日は 鎌倉 歐林洞 で 12月25日 に行われる 吉田美奈子さんの
クリスマス・コンサート チケット発売日。ゲットしてきました。うちから
歩いて3分の場所で 毎年 年末 日本の魂(ソウル)シンガーの歌声が
聴けるのは 贅沢な とてもありがたいことです。しかもワイン&ケーキ付!
ピアノの 倉田信雄さんとのduo ほんもののうたとピアノ たのしみっ!
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