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2008年6月

小首をかしげる?のは

昨夜の天気予報では、雨上がりのはずでしたが、

よく降っていました。我が家のソーラーと、犬を飼う

ようになってから、天気のゆくえが生活を左右しています。

といっても、農家の方々のご苦労に比べれば、ただの気分に

過ぎないと思います。それでも、犬にとっては、ご飯と散歩は

間違いなく生きがいなので、ことは重大でした。

 「今日は、雨で行けないよ。」と言うと、小首をかしげます。

「おすわり」や「おて」とおなじように、「あめ」だと散歩は「おあずけ」

と解るといいのですが、こたえは「?」。小首をかしげるのは、

犬からの問いかけのようです。さいわい、今日は午後から

雨もあがるようなので、「散歩にいこうよ」の問いかけに、

答えられると思います。果報は寝て待て。「?」

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ほどよい間をはかる

寝坊アタマをかきつつ、止み間をついて海まで。

浜辺で他の犬と遊んで過ごしてしまい、帰りは

降られて帰ってきました。汗だくです

 ひと ヒューマン のことを 日本では「人間」と

書きます。人に間がついている。のは、日本だけだと

養老先生から聴いた気がします。この「間」あいだではなく

「ま」。なんとも、間が悪いときの「間」。先生はこの「間」を

日本では「世間」という「世の中」だと言われています。

 これから書く「間」は、設計をするときの「間」。

材料と材料のあいだ、床、壁、天井、屋根のあいだを

「空間」というのは、言い得ています。何もない「空」 「から」

の間のことを空間と。そのあいだの大きさを決める仕事が

設計なんですが、これがおもしろくて設計屋をしています。

 モノには、ある大きさがあって、人にも一定の大きさがあります。

そのある大きさを持った人間が動くのが「空間」で、そこには

空気しかない「からの、くうかん」。そのからっぽの部分の大きさに

どんな寸法(幅、長さ、高さ、広さ、あるいは全ての、比例やバランス)

を与えるかが、設計屋の腕です。そして「窓」まど。昔は「間戸」と

書いたそうです。柱の間(あいだ)に立てるから間の戸で「間戸まど」。

 「人の口に戸は立てられない」の戸は、この「間戸」からきているよう。

その場に最適な、寸法を当てる。そんな「はかりごと計事」をする設計の

本当のおもしろさ、やっと入り口についた気がしています。

 今夜はピザなので、「おいしいお酒」でした。

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建築の偽装と艤装

週末の朝は、犬の散歩をする人とサーフィンを

する人が増えます。犬にも犬同士の相性が

あるようで、横目で見ただけですれ違うとき、

しっぽを振って近づくとき、唸って向かっていくとき、

といろいろです。見えないバリヤーのような、

においがあるようです。

 目に見える、見えないでいうと、建築をつくるとき、

見えない「偽装」と見える「艤装」があります。

「偽装」のほうは、もうおなじみと言っていい「耐震偽装」に

よるごまかし。鉄筋コンクリートはコンクリートを打ってしまえば、

見えなくなる鉄筋の本数をごまかして、構造計算をちょろまかした

ものでした。食べ物やタクシー券、ばれなきゃなにをやってもいい

考え(?とは言わないけれど)が、たくさん蔓延ってしまう世の中です。

聖人君子じゃないので、他人のふり見て我がふりに気をつけるぐらい

しかありません。そこで、「艤装」のほうに目を向けることにします。

本当は「擬装」という字のほうが、正しいのでした。「カモフラージュ」の

こと。自然界では、「擬態」、体の色を背景に合わせて変化させたり、

木の葉や枝のような体をもったり、生きるための知恵があります。

 人の建てる「海の家」、現場小屋のプレハブ事務所に「擬装」を

ほどこして、つくります。「仮設」ひと夏の仮の姿としては、経済的です。

 自然な「擬装」と、不自然な「偽装」、どちらの立場をとるのでしょう。

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鎌倉のマジック・アワー

昨日は雨の中、茅ヶ崎へ。MOKICHI FOOD GARDEN

は女性でいっぱいでした。いつものランチビール。ごちそうさま。

 その足で、マイカルへ。三谷幸喜さんの「ザ・マジック・アワー」

を観ました。笑いなみだを流しつつ、今朝も思い出し笑いをするほど、

おもしろく、よく出来たいい映画でした。笑いだけではなく、

映画の裏方さんたち「映画屋」にも日があたっていて、ぜひおすすめ。

 三谷さんは、一年半かけて脚本を書かれたようです。役者さんが

このセリフをいうと、お客さんはここで笑う。と自分でも笑いながら、

練り上げた本。出演の西田敏行さんも、台本のセリフを読んで、

笑ってしまった出来映え。楽しい、一本でした。

 その夕方、日暮れ時に犬と海へ。平凡ですが、ローカルの

マジック・アワーでした。

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身の周りの彩り

グレイの空が戻ってきました。すこしゆっくりめにスタートです。

 暮らしに彩りを与えてくれるものは、目に見える色だけではなく、

聴こえる音もあります。朝には、ウグイスの声や雨音が、仕事場

には、心地よい音楽の数々があります。

 晴れた日の、お昼休みに、ロフトのベットでまどろんでいると、

ゆっくりと風が流れ、鳥の鳴き声がきこえて、グッドなお昼寝。

 頼んだターンテーブルが届いたら、古いレコードがアナログから

デジタルに生まれ変わって、十代、二十代の頃の空気を、

音楽と一緒に運んできてくれると、今から楽しみにしています。

 文章を画像にすると、この順番になりました。

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ありますように

今日もいい風が吹き抜けていきます。

梅雨の晴れ間に、さす日差しはすこしやわらかい。

 ケツメイシの新曲のなかで「ありますように」

という詞が繰り返されています。単純ですが、

素朴に願うこと、忘れていました。

 ただ、願うことは穏やかな一日でありますように。

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空のご褒美より

海までの道のり、一日の予定などを

考えながら歩いているのですが、

足元の犬の関心に合わせて右往左往するので、

なかなか考えがまとまらず、かといってまとめたいほどの

考えがあるわけでもなく、すぐ砂浜に着いてしまいます。

 片道30分はかかっているのに、あっという間なのは、

緑や広い空が自然に目にはいるから。海山空みんなある

鎌倉にいるだけで幸せなことでした。

 先日、USBの付いたレコードプレイヤーをオーダーしました。

レコードをかけると、デジタルにしてくれるスグレモノ。

 男はかたちからはいると言われますが、その通りのようです。

よく「自分へのご褒美」という表現があります。選んだモノと

青空のご褒美、どちらも等価に受け取る、ご褒美日和です。

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たくさんの風のなかへ

今の季節、青空はすぐ雲間に隠れてしまいます。

谷戸から海へ向かう間、曇り空に変わっていました。

 降り続いた雨に流されて、空気はすこしひんやりと

朝露の香りを運んできます。

 オープンなココロでいるときも、すこし沈んでいるときも、

変わらない風が、海では吹いています。

その風に、向き合ったり背中を押してもらったりする、

そんな姿勢だけはもっていたい週明けでした。

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ラッキー犬の朝

夏至が過ぎ、旧暦の五月十九日。

梅雨の止み間、散歩に出てきました。

 雨が続いていても、以外と止んでいる

時間はあって、うちの迷犬は運がついているよう。

ほぼ毎日、外に出られています。

 自分たちの生活時間より、まず犬の散歩時間を

先に考えるようになりました。生き物を飼うというのは、

物を買うのとは、180度違うことですね。

 子供たちは、ほっといても大きくなって、いつの間にか

自分で考えて行動するようになりました。

でも、動物は飼った以上、ケアし続ける役目を

与えられます。時間をとられると思いきや、

生活のスパイスとかメリハリを与えてくれるもののようです。

 人間社会では、漢字検定の試験日です。

上の子が臨みます。自信ありげな顔でした。いってらっしゃい。

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旬の季節

雨降りの休日、散歩休み&寝坊しました。

昨夜はリチャード・ドレイファスの「陽のあたる教室」を

観て、ふたたび泣けました。何度観ても同じところで

ポロポロとくる映画。「フィールド・オブ・ドリームス」の

親子でキャッチボールをするシーンと、「マイ・ライフ」の

親が子のひげを剃るシーン、じ~ん。(親子ものに弱い?)

 ものづくりには、季節の野菜や魚と同じように「旬」が

あると思っていて、「住まいづくり」にも「その気」になったら

その勢いを大切にはじめると、よい事が運ばれる、そんな

気がしています。家を建てるための材木にも「切り旬」があって、

いわばタケノコの旬のようなシャキシャキな?活きの良い時期。

(実際は活動を止める冬前などです)

 人もそんな一部のようで、恋愛の旬の時期は「七ヶ月」。

なんで旬を考えたかといえば、イカ釣り漁が、燃料費の高騰で

最盛期の漁に出られない=「旬」の季節を逃す、そんな連想からです。

 四季は繰り返しやってきてくれますが、一回きりの人の人生、

旬の季節はそう長くは続いてくれないようです。

 でも、気持ちの旬は、気の持ちようなので、毎日が旬だと

自分で思っていれば、いいだけのこと。「思い立ったが吉日」

も、そんな旬な気持ちを後押ししてくれる意味だと勝手に思っています。

 ある程度、歳を重ねると、こんな「自分勝手」な都合のよい解釈が

増えてきます。自分がいいと思っているんだから、それでいい、と。

 でも、意固地とか、頭が固い、拘りといった方面には行かないよう、

エバーグリーンでいなくては。まさに「旬」の気持ちのことでした。

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ココロの風

昨夜東京では、満月が昇ったようですが、

こちらは、早く寝てしまひました。

 普段気がつかない自然の声、自然の

風景が伝えることは、情報量とすれば

ものすごいものがあります。パソコンの

画面やストレージにはけっして収まらないもの。

 早くから、そのことに気がついている人は

少なくはありません。田舎暮らしを始めた

あるひとは、文字通りの晴耕雨読、その様子が

ネット上にも、生き生きと上っていました。

 とても風が強い今朝、高い波を見ながら、

ココロにも風を透してきました。思い切り深呼吸。

空はグレイでも、天晴れな心地よさです。

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次郎ちゃん、おかえり!

望月、満月の今日は、天気下り坂でお月さんは

見えないようです。そういえば、月明かりだけで

撮った「月光浴」という写真集があります。

そのなかの、夜の蓮の花、妖しげな美しさがありました。

八幡様の蓮池も、蓮の葉でびっしり。これからです。

 昨日の早朝、お花屋さんの近くの家の犬の「次郎」ちゃん。

散歩先で、大型犬に遭遇、パニックになってそのまま失踪。

捜索願いのビラをもらって、町内の掲示板に貼りました。

 今朝、念のため、逃走場所の海浜公園経由で散歩して

帰ってきたら、次郎宅に「無事帰宅」の張り紙がありました。

よかった、よかった。というわけでした。

 以前も失踪して、深夜にご帰宅。結構、心配させといて

あっちこっちほっつき歩く、確信犯、知能犯なのかもしれません。

うちの犬には無理だなぁ

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愛の大小

沖縄では梅雨明けこちらは中休みも今日でおわり

明日からまた梅雨空のようです。

 今朝も由比ガ浜で、うちの犬はグルグル弧を描いて

走り回っていました。犬を飼うというのは、余裕がないと

出来ないといいますが、飼ってからその余裕は

生まれるもののようです。散歩の時間が、生活の一部

いや中心になると、仕事も中断したり、前倒し、先送り

するのですが、その分、気分も変わって仕事もはかどる

ことが増えてきました。2年半経っての実感です。

 愛の大小とタイトルをうったら、案の定「愛の代償」とでました。

TVサスペンスのサブタイトルみたい。

 ここで書く愛の大きさは、小さな愛のことです。

鎌倉は雪ノ下のお花屋さん「プリマヴェーラ」(イタリア語の「春」)

のお姉さん、お兄さんは、うちの犬を毎日可愛がってくれます。

 そのやさしい愛情、小さな愛の積み重ねで大きく育つもの。

かけがえのない、時間の積み重ねでもありました。

 今日も、どうもありがとう。

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梅雨の晴れ間の補助線

朝の日差しが心地よく、いい風が吹いています。

朝ごはん、掃除、仕事の順で、今日もはかどりそうです。

 図面を書くときには、基準となる線を引きます。

パソコンになっても変わりはなく、点線の補助線を。

日本は柱とか壁とかの中心線を基準にして、

線を引いていきます。ものの中心、を「芯」として

芯から芯までの寸法でいくらか、関東と関西、九州でも

すこしずつ違います。外国では、壁面と壁面の表面を

基準に線を引きます。壁の厚みの表面、を「面」として

面から面までの寸法でいくらか、この場合壁面の面(めん)は

「つら」と言います。面構え「つらがまえ」のつらです。

芯芯、しんしんでいくら。面面、つらつらでいくら。というように

ところ変われば、とらえかたも違うのでした。

 自分の基準となる、居場所の補助線、あなたは持っていますか?

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自分なりの継続

カラダというのはおもしろいもので、動かす習慣をつけると

どうにか動けてしまうものらしいです。毎朝の犬散歩の習慣で

あさ五時には目が覚めて、カラダを起こすことが出来てしまいます。

アタマは、自然と後からついてくるようです。

 継続は力なり、というのは続けるのにパワーがいるというより、

続けていくうちにそれが自然なことになって廻っていく。

湧き出てくるものが、あること。その流れのようなものを、

チカラと呼ぶのかなと思います。よい、一週間を。

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愁いを含んだ風がふく

昨日、突然神戸方面から電話をいただき

仕事の依頼がありました。以前いた事務所の

先輩からです。すっかり関西弁に馴染んでいました。

 地道にやっていると、ちょうどいい按配に

手が空いたとき仕事がくるのは有難いことです。

 今の季節、体調を崩すひともいるようで、

心にも体にもリズムがどうにも悪いときがあります。

仕事でもそうですが、気分がのらない、はかどらない

そういうときは、ただただやり過ごすしかないですね。

じたばたしても、自然な流れに抗うだけです。

 季節の風も、秋に限らず、すこし湿っていて

それが愁いにつながるようです。悲しみをかかえていても、

愁いをもった瞳は、魅力に変わる。希望はつづいていくものです。

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気がつけばの日

366日ある今年、今日は元旦から166日目の朝です。

まだ200日あるので、スタンスをすこし変えてみようと

思いました。晴れた日、庭ではモンシロチョウのカップルが

仲良く飛んでいきます。蝶には蝶道という通り道があるそう。

谷戸にあるうちの庭は、そのみちの途中にあるようです。

 昨日は仕事で、御殿場の十里木~じゅうりぎ~という別荘地に

行って来ました。渡る風と心地よい日差し、仕事でというより

気分は小旅行でした。身の回りのことに、目を向けるスタンス、

前半はすこし前のめりのペースで来たので、取り戻そうと

気をつけます。

 滑川に橋が架かり、材木座側に行けるようになりました。

立ち位置、スタンスが変わると、景色や物事が違って見えてきます。

折角の毎日の彩りを、見逃さず余裕のよっちゃんで。

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夕凪のまち

昨日は、夕方に雨も上がり、お待ちかねの犬と

散歩に出ました。空気も清らかに、足どり軽く。

今の時期のグレイの空も、どこかへ過ぎ去って

文句ない文句ない

 この季節、貴重な晴れ間の夕凪をどうぞ。

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訪れた街で出会うビビビ

先日、設計コンペの敷地を見に元住吉に行きました。

東急東横線のその駅は、最近新しくなったようで、

改札口の前に、オープンスペースがありました。

屋根はないので、雨降りの日は眺めの庭になるようです。

 こういった一息つける場所が、これから増えていくと

いいと思いませんか。街中のオアシスとして、緑の彩り。

 ふと通りかかった場所に、端正なコンクリート打ち放しの

建物がありました。アンテナをはっていると、ただ街を歩いて

いても、なにかしら見つけられるものです。この前も、北鎌倉で

ある住宅を見つけました。他の仕事で行ったのですが、

以前からその佇まいを確かめたかったその家、ふとその前で

足が止まりました。「ああ、ここにあったんだ。」見っけ!

 自分の「引き出し」をふやすには、やはり街を歩くことが

いちばんのようです。女性がよく「ビビビ」ときたって言いますが、

仕事柄、街の風景とか、家の佇まいに「ビビビ」の日々でした。

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足元の犬と手つなぎ

霞がかった朝、いつものように海まで

 今日も変わらず、足元犬はリードをひっぱりつつ

右往左往、前後左右、縦横無尽に歩いてました。

 前に、犬とは手をつなげないから、散歩綱

リードがあると聞き、なるほどと思いました。

 犬にも気持ちがあって、綱を通して人と対話?

しているとも言えるのでしょうか。日によって、

人間の気分によっても、散歩綱を妙に引っ張られる時と、

いやに軽く犬と歩調が合うと感じる時がある。

 そういうのも、バイオリズムというのでしょうか?

たまたまや、偶然であっても、実感には変わりはないわけで、

おもしろいものです。犬のほうは、どう思ってますか?

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愉快な隣人

天気に恵まれて、小学校は三浦合宿です。

何も言うことない、青空をありがとう。

 海の家は着々と出来つつありました。

散歩の途中、台湾リスと目が合いました。

足元の犬も気にせずに、並んで歩きます。

 もとはペットとして飼われていたリスも

放れてすぐ野生化して、あちこちに出没してます。

 家庭菜園を荒らさなければ、いい奴でした。

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白地に謙虚

グレイな朝、傘さして海まで犬散歩。

犬はプルプルして、体から雨滴をすっ飛ばし

いい気分で歩いて行きます。

いい気なもんです。

 花の白さには、惹かれるものがあります。

ガーベラのオレンジや黄色も好きですが、

白いマーガレットにカスミ草の花束、定番です。

 鎌倉の雪ノ下に「プリマヴェーラ」という

お花屋さんがあります。うちの犬をかわいがって

くれているので、なにか恩返しをしたい。

イタリア語で「春」を意味する、おしゃれなお店です。

どうぞ、よろしく!

 白地というのは、何色にも変わる謙虚さがあるように

思います。先入観をもたずに、まっさらな状態で

謙虚な気持ちと平常心、難しいけれど持ち続けて

いられたら理想です。よい、一週間を。

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ひとのふり見て

しとしとと雨降りの休日、のんびりします。

 参加した教会の設計コンペの応募案が

公開されました。エントリーした方のなかにも

諸事情で提出出来ない人もいます。

私は、設計者として立候補した以上は

必ず提出するようにしています。

 学生の課題ではないので、コンペの

スケジュールすら守れないようでは、

よい設計は出来ないと思います。

 人様の大切なお金をお預かりして、

建物をつくるわけですから、仕事のやりくりを

含めて、デザインするのが設計屋だと

決意表明してやってます。

 一事が万事、繋がっているのが

事に仕える「仕事」。自分の足元見て

明日からまた精進します。

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いいないいね、で終わらない

梅雨間の貴重な晴れ間を久々の連休にもらいました。

今日もたくさんのひとが訪れることでしょう。

 以前、誰かがどこかで「これいいな」「ここいいね」

の先があるっていう話をしていました。

いいな、と思ったときに、なぜ「いい」と思ったのか

よく考えることが大切だという意味でした。

 そのときは、そんなものかと思って深くは考えず、

聞き流したことですが、なぜか最近よく思い出します。

 デザインをするには、自分の持ち駒をつかうわけですが、

その持ち駒は一手一手違うように使わなくてはいけない、

と思っています。同じ手を同じように使っていては、

進歩も深さも得られない。そこで、生きてくるのが

「いいものはいい」と思った時の、これこれだから「いい」

という理屈のようなものかなと。けっして屁理屈にならぬよう、

自分のなかできちんと咀嚼してから、人に言うように

心がけたいと思います。理屈っぽい話でした。

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プリーズ!Mr.ポストマン

梅雨の晴れ間、暑くなりそうです。

 最近は、みんなメールで済ますこと

多くないですか?かの恋愛も。

 文字、字面から受け取られる感情は

数%しかないようです。大事なひとには

せめて手書きの、手紙をと思うのは

時代が違うのでしょうか。手紙は手書きに

決まっているのに、手書きとわざわざいうこと

自体、私もメールで済ましていることになります。

 済ましていいことと、手を動かして、つたなくても

選んだ言葉で手紙を書くことの時間、ずいぶんと

違うと思うんです。なるたけ、季節のあいさつくらい

手紙を書くひとでありたい。昨日は「芒種」

今日はほぼ日創刊記念日、よい一日でありますように。

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グレイな日の彩り

昨晩はイタリアのロゼワイン、あまりに口当たりよく

あっという間に一本空け、すこし過ごしてしまったようです。

 いまの時季はグレイな空率が高いですが、

道端には色があります。定番のあじさいは、鎌倉の家々の

庭にも咲いていて、暮らしに彩りを与えてくれています。

 咲く場所の土の性質が、あじさいの色に反映されるそうで、

人にたとえると、自分の立ち位置がそのひとをよく物語ること

になるのでしょう。よいときもわるいときも、そのつど納得して

暮らしていけたら、あじさいのように彩りが表れることでしょう。

 六月一日のほぼ日手帳に、将棋の羽生善治さんの言葉が

載っていました。「有利なときも、不利なときも、最善手を指すだけです。」

お名前のとおり、善く治める生き方、職業そのものが

その人をあらわすこと。毎日、出来ることを出来るとこまで

していこうと、あらためて思いました。

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鎌倉のビッグウェンズデー

梅雨の最中、新月です。旧暦の五月一日。

鎌倉の海では、海の家が建ち始め、

波乗りにふさわしい、いい波がきています。

 日差しが恋しいとこですが、雨の季節

ゆっくりと過ごすのもいいもんです。

 外にでかけるのも、出掛ける前は億劫でも、

出てしまえば、自然と体が動き出すようです。

 何事もはじめてしまえば、それまでの躊躇や

とまどいなんて、どっかに飛んでいってしまう。

 この季節には、そんな気の持ちようで

毎日を過ごすのがよろしいようで。

 そういえば、先輩がハンバーガーショップの

ウエンディーズのことを、いっつもウエンズデー

って言いまつがっていましたっけ。

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道の教会をつくる

梅雨らしい天気になってます。秋のお米のことを

考えれば降る時に降って、夏は暑く強い日差しがさす。

時々の季節らしい、日本の暮らしの中でなにを考えるか?

 設計コンペで教会を考えました。かの安藤忠雄さんの

作品には「水の教会」や「光の教会」があります。

さて自分はなにをつくるかと思うと「道の教会」になりました。

 日本の精神性を考えると、「柔道」「剣道」「合気道」「茶道」「華道」

みんなひとつの「道」になるようです。自身「剣道」をしていたので

そのテーマはしっくりくるものでした。

 そのテーマをかたちにする上で重要なのは、見えない部分を

よくよく考えること。人の動きや建物の裏側や空気の流れ、

光りの移り変わりも一瞬一瞬でしか目には捉えられない、

その「見えなさ」を想像する。そして、もっとも見えない「時間のながれ」

を会堂のかたちに置き換える。街中に建つので、廻りのことをよく見る。

鳥の視点で空から俯瞰してみる。そういった様々な視る目をつかって

考えました。自分の見えない「内面」が表れる建築。今の自分の全てを

出せたので、「よし」とします。よい体験でした。ありがとうございました。

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真ん中の季節

台風が近づき、波高くサーフィン日和。

砂浜には海の家の下準備の電信柱が立ちました。

 季節は早いもので梅雨の季節を迎え、

鎌倉はあじさいの時期がはじまりました。

 以前、お話をうかがったあるお寺のご住職によると

江ノ電の駅からあじさいをみる行列ができたとのこと。

あじさいの数より、ヒトのアタマ数のほうが多かった。

 なにごともほどほどがよろしいようです。

しばらくは除湿期間が続きますが、

さわやかやわらかアタマで行きたいものです。

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衣替え

今日から夏服モード。ふさわしい青空です。

雨にうるおってさわやかな風が吹いてます。

設計コンペ提出して、晴れ晴れ

これから北鎌倉に土地を見に行ってきます。

商売繁盛ありがたいことでした。

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