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ゆうべからの雨上がり、すこし涼しい風がふいていました。
海からの帰り道には、街中の温度は徐々に上がっていつもの夏日。
「体調管理にお気をつけください」と毎日のように聞きますが、
本当にそう思います。
設計の仕事にも、旬があって、よい考えが浮かんで、そのまま
最後まで持続することもあれば、さまざまな中断や紆余曲折を
経験することもあります。そのなかで一定のクオリティーを保つこと。
なにより気持ちの張りを持ち続けること。「モチベーション」を高止まり
にもっていくのは、難しいものですね。ゆうべのサッカー、対アルゼンチン戦
のように、前半はよくても、後半に下がる。
もうすぐ、八月の声を聴きます。新たな夏の「モチベーション」見つけに
花火大会へ。![]()
この山の向こう側、逗子の花火大会が行われます。たまや!
日ごろの行いが、仕事の結果そのものに繋がる自営業。
実入りがすくなくとも、自分が満足いく水準のものが出来上がれば、
それでよしとしようと思っていました。身近になにか心の拠りどころ
さえあれば、なんでも出来るような気がしています。
ただひとつ、自分でも普段意識していない、ココロとカラダのバランス、
いつのまにか崩れているときがあるようです。精一杯やったつもりでも、
うまくいかないこともあるし、毎年同じ進め方に流されることもある。
そんなとき、しかたないと諦めるいさぎよさだけはもっていようと思います。
人のせいにだけはせず、すべて自分が引き受ける強さを。
夏の暑さも、その意味では励ましや立ち止まることを教えてくれます。
外の風景を思い浮かべると、ココロなかはいつもミリオネア。
あのコはどうしているのやら。今年もそのイメージな花が咲きました。
いつまでも、そのままでいてな。
昨日は、いい汗かいた一日でした。夏の風の涼しさもひとしお。
うちの坂のさらに高台にある聖天社(しょうでんさま)の掃除と
草払い。陽射しのなか、心地よい風が吹き抜けていました。
午後は八幡様の境内を通って近代美術館へ。
子供たちとのコラボレーションがテーマの夏の美術館。
付属小の子たちの撮影した近代美術館をめぐる写真。
どの写真にも新鮮な視点と、捉える感性がありました。
美術館のピロティから、蓮池を眺めて、その余韻に
ひたっていると、ふと時間が止まったような感じがしました。
心地よい疲労感と、境内の夏の音。いいひとときでした。
夏の音と言えば、先日の村田和人さんのライブ。
ホントウニヨカッタ。「ボーイズ・ライフ」の歌詞のなかで
「水の星座のガールフレンドは、気が強くて、足もはやい」
ってあります。知り合いのことを考えても「気が強い」は
当たっているような気がします。けなげさの裏返しが
気の強さなのかもしれません。夏には水の星座がいい?
大暑の朝は、強烈な日差しではじまりました。今年はセミたちの
鳴き声もすこしばかり元気がないように思います。梅雨明け前から
続いた暑さに、出るタイミングを逸したのかな。
昨晩は、徒歩3分の鎌倉歐林洞で村田和人さんのライブを観ました。
四半世紀前とまったく変わらない、さわやかな「いい唄声」。
ご自身のエレアコとピアノの友成さんのツーピースで、タイトルは
「More Classical」でも、相変わらずの夏のロックでした。
ふたりのMCも掛け合い漫才、間がおもしろく、音楽のリズムと
共通?したノリが展開されて、素晴しいライブでした。又来年もぜひ。
学生の頃から、毎年夏の定番で聴いている名盤「ひとかけらの夏」
プロデュースは山下達郎さんで、アレンジも最高です。
今年の夏に、ニューアルバムがユニバーサルから出るそうなので、
また夏の定番が一つ、増えることとなりました。ひと世代上の極上ロック
どこまでもついていきたい、夏の一日でした。
今朝はすこしクールダウンして、ゆっくりと始まりました。
由比ガ浜は早朝から人出が多く、夏休みの始まりを感じます。
今年も暑い夏、乗り切るためにこの連休はのんびり。
というわけには、なかなかいかず、週末の坂のお祭りの準備。
毎年のことなので、適度な運動と思ってすこし汗かきます。![]()
八幡様の池の蓮の花もゆったりと開いていました。
自然の景色は、穏やかでゆっくりと進んで、見るものに
やすらぎを与えてくれます。見方を変えれば、こちらが余裕を
もっている目で見たときに、そう見えるだけで、ただ在りのままに
そこここにある景色が広がっているのですね。
中断していた、メジャーリーガーの田口壮選手のブログが無事
再開されました。飾らない人柄のファンです。ご一読を。
私には、休日のご褒美となりました。![]()
連日、外で仕事をしていると仲間のことを考えます。
そろそろ高校時代の連中と夏の集まりをする時期。
この暑さも、高校時代の部活では、ものともしない
季節を過ごしました。が、時は過ぎ、中年メタボ。
ビールジョッキを持つ手にも、若干の翳りやため息、
ためらいが交錯するこの頃です。
でも、集う瞬間に、時は16の夏へワープ。
宇宙戦艦ヤマトも懐かしい世代に戻ります。
恩師の口癖「お前たち、まっとうに生きろ。」
が、今年も思い出されます。どこぞの教育委員会とは
まったく違った、教師の姿が、16才の夏にはありました。
ありがたいことです。同じ夏休みは、二度とない。
夏の香りに、年齢は関係ありません。よい、夏を。
連日、外に出ていると、無意識に日陰をさがすようになりました。
お昼のファミレスの冷房が、オアシスに感じられます。
これからの夏本番、冷房の効いた室内からかげろう揺れる
外に出たとき、身体が浮くような感覚を何度も味わうことでしょう。
夏の只中、「生きている」実感がして、大汗かきつつ結構好きです。
うちの谷戸では、朝空が白み始めると、ひぐらしがカナカナと
鳴き始めます。ウグイスの声とクロスしたり。
街中では、浴衣姿が見られるようになりました。体は暑さでキツイ中、
目に涼しいひとが増えてくれると、助かります。
愛用の「かまわぬ」の手拭いも、夏バージョンで、目から涼を。
こんな柄の浴衣の似合う、目元涼しげなひと、出会えたらいいなぁ~![]()
今朝も高曇りで、昨日の暑さが抜けていないようです。
今日も現場に出ますので、バテないよう気をつけます。![]()
以前、としまえんの夏のコピーで「プール、冷えてます。」
というのがありました。こちらは「模型、出来てます。」
一気に集中して作ったので、途中のプロセス、写真を
撮り忘れてます。あしからず。
ここまで、一気に組み上げてしまいまして。
鳥の目でみると、上空30メートルで、こんな感じです。
縮尺は実物の百分の一、1メートルが1センチで作っています。
前の道路から見ると、このような佇まい。ここまで、実は先週
半ばに出来上がりました。その後、大きさを倍にして、
インテリアの模型を作っています。創りかけで、あちちの現場
へ、行って来ます。お後が、よろしいようで。![]()
小暑と大暑のあいだ、そろそろ暑中見舞いを
この週末にかけて書こうと思います。
下馬の材木屋さんが、改装工事をしています。
材木屋さんだけに、幅広の板を使って壁を張ってます。
材木にも赤身と白太(しらた)があって、赤いところは
木の芯にちかい、身の詰まったところ、対する白太は
その周辺、樹皮にちかいほうをいいます。写真の杉の板
赤身の部分は、油分が多く水に強いとされています。
水をはじく、といった感じでしょうか。
赤身と白太が半々の板は、源平(げんぺい)と言われます。
赤と白が半々で、源氏と平家からきていると思います。
昔の人は、もののもつ二面性を、よく言い得ているなと感心。
木も伐ってみないと、中身を知ることは出来ないと言われて
いますが、立ち木の姿から、その中身を判断する目をもった
林業家の方もいらっしゃいます。
ひとの場合、目に見える外見と見えない中身、まさに心と体
の問題ですが、中身の充実が外見にあらわれるのは、
自然なことのようです。
朝の散歩、雨の降り出しに滑り込みセーフ。
たいして濡れずに済み、感謝![]()
サミットが開かれている洞爺湖では、笹の葉に
短冊、軒先にはテルテル坊主、さまざまな願いが
あるようです。先進国の首脳でさえ、願うことは
子供たちの未来という、しごくふつうのことでした。
どんな立場であれ、あなたとわたしでは、考えが違う。
という違い、その違いそのものを共有することから、
理解がはじまるもののようです。利害を言う前に理解を。
帰りがけ、利用するスーパーが棚卸しをしていました。
なにも入っていない棚の清々しさ。よく、日ごろの積み重ね
が大切といわれ、そう思うことも多いのですが、知らずに
余計なものも積み重なって、足元が見えなくなっていることも
ある。自分の棚卸しは、思ったより難しいのも、環境問題の
ひとつであるような感じがします。
今日は、小暑の七夕。旧暦では八月七日だから梅雨は
明けていますが、新暦ではいまだ明けやらぬ朝です。
仙台の七夕は旧暦なので暑いけれど、星空は見られる
ので、また行きたいと思います。今年は、平塚に。
まず、茅ヶ崎のマイカルで「インディー・ジョーンズ」を観ました。
ルーカスとスピルバーグのコンビならではの、CGタップリの
活劇。やはり、ハリソン・フォードあってのこの映画、65歳!
には、とても思えません。娯楽としての映画を楽しみました。
お昼は、またMOKICHIでピザ&パスタ&ビール、
炭水化物多目の一日となりました。![]()
その後、腹ごなし?に平塚の七夕へ。日曜日なので、
人で溢れかえっていましたが、流れ流れて一回りです。
季節の催しは、その場に身をゆだねるだけで、
古の時代から連綿と続く営みを考えることが出来ます。
ささやかな、生活のなかで、繰り返す季節の感覚を
忘れないで、梅雨明けを待ちます。
ペットボトルの短冊?飾りもありました。
昨夜からの雨、上がってくれたようです。
明け方には、雷も鳴っていましたっけ。
昨日から、すこし時間をつくって
池田晶子さんの本を読み返しはじめました。
とくに、迷ったり不安になったりした訳ではなく、
考える仕事に「滋養」を与えてもらおうと思って。
以前、池田さんが「14歳からの哲学」のなかで、
「真善美」のなかの美、うつくしい、について
書かれていたことが、とても心に響いています。
ひとは誰でも、教わっていないのに
「うつくしい」と言ったとき、その「うつくしさ」を
わかる。そのことの不思議。「うつくしい」という
言葉で、お互いに「うつくしい」を共有できる。
育った環境や時代、たとえ生まれた場所や国が
違っても、「うつくしい」を受け取ることが出来る。
その不思議。そのことを「言葉は宇宙」と
表現されていたように思います。
一家にひとり一冊以上持っているべき本でした。
時代をこえて残る普遍の「真善美」がそこにはあります。
天気予報がはずれ、雨降りの朝を迎えました。
今日は新月、旧暦の六月一日、朔日(ついたち)
ですが、月は姿を隠している一日になりそうです。
設計コンペの案がまとまり、その模型を作り始める
段階になりました。建築は模型と違い、その中で人が
生活するわけですが、コンペでは、敷地を一度も訪れる
ことなく、提案することが出来てしまいます。
このことは、とても恐いことだと思っています。
廻りを見ずに、建ってしまう建物は、実物大の模型と
同じだと考えます。生命感のない建築ほど、社会悪に
他なりません。どれほど小さな建物でも、風景の一部に
なることを、肝に銘じて、実際に敷地を見たうえで、
創っていきたいと思います。
はたから見ていると、なにやら中年男が、楽しそうに
模型をつくっているのは、ヘンに見えると思いますが、
少年の気持ちで、モノに向かっているのです。
模型で作り難い建物は、実際に建つときも、無駄なお金や
労力がかかって、周辺の環境にも迷惑がかかります。
いわば、模型をあらかじめつくることで、そのことを検証して
いるのでした。辛口の自己批評を重ねて、研鑽する。
なんて、かっこつけ過ぎ。本当は、ただ楽しくてやっています。
以下、落選案を。
昨日、七月に入ると同時に、「もう夏休みですね。」という
話題に切り替わりました。今朝も、海辺ではちらほら
それらしき遊びにきた子たちがお座りしていました。
後半戦のスタートダッシュと気合をいれたつもりが、
すこし空回り、くたびれ気味の今日です。
転がる石のように、うまく廻っていけると、心も体も
楽でいい。そのコツの一つに、呼吸があるのは確かです。
一息つく、その時間は、体にとって短くはないように思います。
深く、ゆったりとした呼吸は、穏やかなリズムを生み出して、
平常心を呼び戻してくれます。ボディー&ソウル&マインドの
とくに、ソウルの部分に効くような、息の長いリズム。
一日のうち、その日のリズムで、気がついたときに、
意識してみようっと。自然は、一定のリズムで進んでいるもの。
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