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2008年9月

私ペース

九月は瞬く間に末日。ただ、のんびりして過ぎました。のち

 仕事のモチベーションの上り下りに左右される季節。

明日からの後半戦、うまく切り返すことが出来ますように。

 犬は、ひたすらマイペース。ご飯と遊びと散歩の三点セットが

終わると、おやすみです。こういう生活スタイル、ひとつの理想。

「遊び」の部分に、うまーく「仕事」が当てはまると、高いモチベーション。

「仕事」がはまらずに、半端に「遊び」になったときが、

この場合の九月かな?

 うまくいかないとき、なにかを「待つ」ことの大切さ。恋愛のように。

たくさんの雑事、ひとつひとつを見ていくと、いつのまにか風景も

変わっていく。そのことを待っています。散歩にご飯、待つように。

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時の忘れ物

昨日は母校の中学校の文化祭に顔を出しました。

とても懐かしい渡り廊下ははるか昔のまま。

その廊下を渡って体育館で行われたブラスバンドを聴きました。

吹奏楽は文化部ですが、はっきり体育会です。いつも

どこの学校でも上下関係や動きも運動部そのもの。

 アンサンブルが素晴しい。音を聴くのも、昔を思い出すのに

直結していますね。匂いとおなじように。はるか昔のガールフレンドが

ピッコロを吹いていたのを思い出していました。あの夏も、

渡り廊下から練習の音を聴きながら、違う部活をしていました。

なかなか、帰りの時間が合わずに、一緒に帰る機会を逃した。

そんなことまで、よく覚えているものです。

 忘れ物というより、想い出の品でした。

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勝利の収穫

無事小学校の運動会が終わりました。涼しい風が吹きぬけ

心地よい秋の一日でした。ちいさな一年生のかけっこに

昔を思い出し、上級生の組体操には、毎年のことながら、

泣きそうになるほどの感動をもらいました。自分の子だろうが

よその子だろうが、みんな鎌倉の子供です。懸命な姿に、

ひたすら温かい目で応援するのが、親のたった一つの役目。

 カメラやビデオ越しではなく、自分の目でじーっと見つめる大切さ。

また来年も、すこやかに元気な秋の日でありますように。

 メジャーリーグでも、日本のペナントレースでも、優勝を手にする季節

がやってきました。フィリーズの田口壮選手のブログには、この終盤に

出番の少ない田口選手を、フィリーズの球団のトップたちが、ねぎらう

お話がのっています。勝利を手にするのは、選手たちだけではなく、

その家族や裏方さんたち、そしてその家族、と沢山の人々の願いと

心遣いの賜物です。運動会にも、プロの世界にも、おなじ気持ちが

「応援」「声援」にはありました。

 きょうは、中学校の文化祭。すこしは、成長した姿を見に行ってきます。

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秋の恵みに

秋晴れの今日は、小学校の運動会です。学年も上がってくると

一年生を先導して整列させたりするような役目をします。

すこし前はその一年生だったのに、早いものです。

 晴れに恵まれる、子供に恵まれる、友に恵まれる、仕事に

恵まれる。たくさん、恵まれるなかの、私たちの暮らしです。

 与えられるものであること。に感謝して、育むのはまた

与えられた私たちの役目。恵みと育み、全てのもとでした。

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気持ちと空色

夏の間、無理やりにでも上げていたモチベーションが

下火?になり、秋の気配を感じています。

 そも、それほどの高みを目指しているわけではない

その理想をどこに求めていくか?しばらくは考えることに。

 たったひとつのきっかけで、物事はスムーズに流れることも

あります。じたばたせず、手を動かして、アタマをよく廻していこう。

 男のココロと秋の空。コロコロよく変わるもののようです。

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ほどほどの按配

最近はフローリングの床が増えて、畳の部屋は少なくなりました。

畳を敷くとその部屋は和室になります。日本人の足裏のセンサーは

すごく敏感で、素足にイグサの、感触の心地よさをよく知っています。

 そのことは、玄関で靴をぬぎ、ほっとすることからもわかります。

現代の住宅にも、一部屋は畳敷きの和室があるといいものです。

その畳ですが、畳をつくるとき、畳屋さんはその部屋の対角線を測り、

「きつめ」とか「あまめ」といいます。大工さんが手でつくる部屋は、

デジタルではなく、アナログなので、ミリ単位まで直角ではありません。

なので、たとえば六畳の部屋に敷く、6枚の畳は一枚一枚敷く場所に

よって、大きさを微妙に違えてこしらえます。そのこしらえる寸法を、

大きくきつめにつくるか、ゆるく甘めに小さめにつくるかで「きつめ」

「あまめ」がでてくるわけでした。腕のいい畳屋さんは、大工さんの腕を

部屋の対角線を測ることで、判断します。できたモノに表れる仕事。

 ひとの仕事は甘めに褒め、自分の仕事はきつめに見直す。のも

ほどほどに、いい塩梅に按配するのがいいと思います。

 「偽装」とか問い詰めるばかりの世の中、もうすこし人についても

寛大に、いい按配の付き合いが出来ないものかなあ。

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茜の朝に気づく

昨晩の早寝に明け方目が覚め、枕元のiPodで音楽を聴きました。

 夜用、朝用、昼用の音楽をプレイリストにしていますが、

明け方用というのはありませんでした。夜更けの心持とは違う、

3時から5時のあいだ。思えば不思議な時間です。新聞配達やお豆腐屋さん

の方々にとってはもう仕事の時間。私の自由業も始めようと思えば出来る時間。

 秋分を過ぎ、涼しく朝も空けるのが遅くなる季節。に、新しいジャンルの

曲集を考えるのも、きっと楽しいものです。しばし、選曲してみよう。

 からっとした水曜日。週末に向けて、気持ちのよいリスタートになりました。

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虹のご褒美

秋分、気持ちのよい秋晴れです。心も体も喜ぶお天気に感謝。

 何かに出会うためには、外に出ないと始まらない。本を読んで

ある一言が心に響いても、音楽を聴いて歌詞やメロディが心に響いても、

外に出て、五感で感じることにはかなわないように思います。

 心と体を、風景にさらすとなにもしなくとも、風が吹き、鳥が飛び、

音が聞こえる。足裏には地面の凹凸が、手のひらには汗が。

そとに出るのは、遠い昔にヒトがアフリカ大陸から、歩き始めた時と

変わらないなにかが繋がってあるような気がします。大げさですが。

 昨日、朝からの雨が上がった夕方、散歩に出ました。

海も近くなったころ、東の空に 「虹だあ~!」

ココロが沸き立つ偶然をもらいました。オモテに出ると、いいことが

待っています。よい、休日を。

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ピンボケの季節

丸々一週間、本とレコードの日々を過ごしまして、ボーっとして

月曜日を迎えました。明日も秋分の日、今日も流れでお休み。

 昨夜、巨人の対阪神三連勝を見届け、友人からウニパスタの

失敗のメールに、レシピを検索して返事。夜更けにパスタの話!

また食べたくなってこまる夜長でした。

 80年代初めのレコードを改めて聴くと、ちょうど打ち込みの

リズムマシーンの音が始まった時期と重なります。

曲調はすでに古くなったものもありますが、いい曲はそのまま

今に残っています。ソウルミュージックは、歌のうまさと声のよさ、

プラス編曲と曲のよさ、全てがいいものが、時代を超えて残ります。

 総合力が勝るものが残る。ヒットするしないは関係ないのが、

普遍性につながる本物の音楽です。

 野球も、グラウンドの9人はもちろん、バッティング・ピッチャーやトレーナー

の人たちも含めた、一つのチームの総合力で勝つ。それに加えて、

時の運。試合の流れを呼び込むのも、おおきな流れに繋がるプレーも、

春先からのトレーニングの上に成り立っているもの。

 名曲も野球というスポーツにも、時間の経過というファクターがかかって、

語り継がれるものになるようです。建築にも、時間という大きな要素がありました。

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月と過ごす秋

秋のお彼岸、先週からすっかりお休みモードに浸かっています。

浸かるとタイピングしたら、怠惰な生活に浸かると出ました。

あらら、そのとおりかもしれません。そういう時季です。

 秋分を境に夜がどんどん長くなっていきます。

夜空の月を見上げることも増えていくと思いますが、

男からみると、月は女性的な感じがします。ほのかな明かりが

柔らかなイメージを思わせます。文字通り、思わせぶりが得意なのは

女性のほうですし。

 秋の夜長は、古いレコードと本をお供に、ゆっくりと過ごすのが、

いちばん似合っているので、そうします。いつの間にか、夢の中。

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台風一過のお彼岸

雷雨と強風の台風が通り過ぎ、久々に強い日差しです。

台風一過、最近はすっきりと青空が来ないと思っていたら、

今日は違いましたね。まぶしさに目が眩むほどです。

 昨日から巨人vs阪神の三連戦。終盤に近づき、選手の気合の

入り方がいつもと違いました。一球一球に対する集中力が。

野球はシーズンが長く、優勝という決着がつくまでが、一番長いもの。

その視点は、メジャー・リーグの田口壮選手から教わりました。

毎試合、いい時もわるい時も、優勝に向けて、集中していく。

その力の入れ具合が、この季節見るほうにも伝わってきています。

 今晩も、見るほうも気合だ!

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外から内か、内から外か

これから台風13号がやってきます。が、海は凪いでいました。

嵐の前の静けさを、絵に書いたような景色が広がっています。

 小学校のころ、台風で増水した川を恐いながらも、ワクワクした

気持ちで見ていたのを覚えています。いつもと違う風景、自然に対する

畏怖とある諦観、ちいさくとも感じていたように思います。

 建築を考えるとき、外観から考える時と、内部から考える時があります。

最近は外見の派手なものが主で、内部空間の充実は置き去りのようなものが、

多いように思えます。住宅については、中から、部屋の窓から何が見えるのか、

どっちを向いて座るか、とても大切に思っています。外観は最後に現れたかたちを

控えめに創る。どうもそういう創り方、考え方しか出来ないたちのようです。

 日本のように雨かぜが多い国では、窓越しに雨だれのしずくを眺めるのも、

ひとつの贅沢であるような気がするのですが、みなさんはどうでしょうか?

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帰る場所があるってこと

台風がゆっくりと北上して、雨が降り出しました。朝の散歩も

途中で引き返し、犬もイソイソと帰ってきました。

 秋はすでに明け方の明るさにも反映されていて、

段々とこれからは早起きがつらくなってきます。

起きることそのものより、廻りの暗さ加減が、目覚ましに

ならない、スイッチがはいらない、といった感じです。

 サマータイムよりウインタータイムの導入がいりました。

帰る道すがら、帰る場所があるのは、いいことだなとふと思いました。

宇宙飛行士、野口聡一さんの「スィート・スィート・ホーム」を読み、

彼の地「ヒューストン」にいらっしゃること、ハリケーンの被害をうけたこと。

など、ブログから知りました。宇宙から帰還することに比べれば、

ただ散歩から帰っただけですが、「帰る場所」があることには

変わりない。その場所を作り出す仕事につけてよかった。と思う秋です。

 九月も半ば、プロ野球も終盤戦。週末の巨人vs阪神戦、楽しみになってきました。

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流鏑馬神事

昨夜は月が映えていました。今朝も西の空に浮かんでいました。

たった二週間で、もう秋の只中になりました。

 そんな季節に、鶴岡八幡宮では流鏑馬が行われました。

地元の小学5年生から中学3年生まで、童士として神事の

お手伝い。奉仕のこころを学ぶ、神聖な機会をいただきました。

 わらじを履き、装束に身を包み、足が濡れる感覚を味わうこと。

学校の勉強より、得がたい体験です。体を使う奉仕の経験は、

これからも続いていく、大事な祭事の中にあります。

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連休明けのお休み

昨夜行われた横浜スタジアムの横浜巨人戦に上の子が

誘われて行ってきました。はじめて見るプロ野球に、打球と一緒に

高~~く舞い上がって帰ってきました。内野席だったそうで、

打球の乾いた音や、クルーン投手の158キロのスピードを

目の当たりにしてきました。カクテル光線に浮かび上がる

ダイヤモンド。「フィールド・オブ・ドリームス」の世界を、

彼は忘れないと思います。少年の夢を乗せて、舞い上がる打球を。

 あいにくの雨降りですが、直近のウェザーニュースでは午前中にあがる予報。

当たることを切に願って、流鏑馬の行列を観に行ってきます。

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秋祭りとお天気

日ごろの行いのせいか、すっきりしないお天気です。

八幡様の例大祭、今日、明日がメインなのですが、

明日は雨模様のようです。流鏑馬がおこなわれる前の

行列に子供たちが参加するので、なんとかもってほしいものです。

 おこないで思い出しましたが、毎日意識せずしているものに

「呼吸」があります。当たり前ですが、その呼吸、現代人は浅くなっている

そうです。なんでも早くなっている時代、深くゆったりとした呼吸が出来れば

理想です。先日も、子育てをするお母さんの、わらべ歌。歌うペースも

どんどん早くなっていると聞きました。なにかに追い立てられる現代社会を

反映しているのでしょうか。「息」は自分の心と書く。こころのありように

つながっている「呼吸」のしかた。やはり、とても大事なことのようです。

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ハッピーエンドでない映画

今朝ははるか遠い台風の影響下、いい波がたっていました。

昨夜からすこし蒸し暑さが戻ってきたようです。

 久しぶりにDVDを借りてきて、映画「ノー・カントリー」を観ました。

「ファーゴ」と同じコーエン兄弟の監督作品です。

 どちらも、やりきれない世界が広がっています。が、画面のひとつひとつから

伝わる緊張感や、シーンの構成。一つの違った世界に連れていってくれる

映画でした。基本的には、予定調和の「めでたしめでたし」作品。ハッピーエンドの

映画が好きですが、そうではない世界も時を忘れさせてくれて、一種の癒しになります。

 映画を観るのも、違う場所への旅と同じように、自分を変えてくれるものだと

思います。連休中、次は「アメリカン・ギャング・スター」を見たいなあ。

映画館では「ダーク・ナイト」まだ間に合うといいけれど。

 すこし、仕事をして、おいしい夜によい映画と本も味わいたい秋です。

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9.11の二日後

巷ではチワックスと呼ばれているうちの娘「いちご」。

顔だけはチワワ。首?から↓はダックスフンド。

ミックスでチワックス。チワワのキャンキャンと

猟犬ダックスの穴倉好き。狭いとこがお好みのようです。

 話は変わって、先日J-WAVEでジョン・カビラさんが

セキュリティの話をしていたので、何かなと思い、ふとパソコンの

隅をみると「9.11」の表示。9月11日の午前9時11分でした。

 TVから流れる映像に釘付けになったのは、二回あります。

阪神淡路大震災の時と、ワールド・トレード・センターの時でした。

 建築の設計をしているものにとって、神戸の繁華街に、崩れ横たわる

ビルの姿と、崩れ去るWTCの姿は忘れることはできません。

 人が建てた建築が、あっけなく無くなる。その脆さや儚さ。

あやうい世界の中、確かなものは、犬と戯れる日々の生活の中の

「実感」しかないように思っています。

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目の休日 耳の祝日

先日、たのんでいたレコードプレイヤーが手に入りました。

二ヶ月以上、待ったかいがありました。

USBで直接パソコンにつないで、レコードの音をそのまま

デジタルに出来ます。ipodも一緒に使えて、そちらにも

取り込めます。音楽好きとして、とっておいた70~80年代のレコードの音が

よい音で甦ります。WAVファイルで保存して、itunesでCDにも出来る。

いい世の中です。当時聴いていた、ソウルミュージック。なかなかCD化

されない名曲も、自分でCD化して楽しむ。音楽というものは、聴いた当時の

空気感を運んできてくれるものです。

 遅い夏休みに、パソコンから離れて、ソファでゴロゴロ読書を昨日はしました。

仕事の電話は、かかってきますが、休みモードと決めているので、なにもしません。

 ディスプレイを見ずに、目を休めて、音楽に浸る。そんな週末をおくる。

そんな休日が、私の最高の贅沢になります。

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プロ・オーディオ・ジャパン㈱から発売されています。アナログ世代、カセットテープに

お気に入りを作っていた世代の方におすすめです。お値段は3万円をちょっと超えた

ぐらいでした。私にとって、よい音楽は、一生の友達です。

秋休み

昨夜は、和牛のヒレカルビと一緒でした。冷麺も一緒。

栄養を摂って、夏の疲れをとりました。

 今日から、遅めの夏休みにして五連休です。

昨日、鎌倉は御成町のワインショップ「ドゥミルドゥ」さんから

ボージョレ・ヌーヴォのお知らせが届きました。今年は、

11月20日木曜日の解禁だそうです。

白のヌーヴォもあるので、3本ほど頼むことにしまっす!

 おいしい料理にはおいしいお酒。飲兵衛にとっては、

秋の味覚とともに、おいしい季節のはじまりです。

 食べる栄養に加えて、今日からココロの栄養。読書の秋、

音楽と一緒にゆっくりのんびり楽しむことにします。

 よい週末を。

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ひとを送る日

今朝から、長ズボン(いまどきズボンって言いますか?)になりました。

このようにして、季節の移ろいを感じていく毎日です。

 今晩、あるかたのお通夜にいきます。時は流れ、人の親になり、

齢を重ねてくると、不祝儀も訪れることが増えてきます。

それも自然の成り行きで、どなたでもそうですね。

 最近は、自分が亡くなったら海に散骨してとか、葬儀はしないでとか、

望むひとも多いようです。が、亡くなる本人は、文字通り無くなるわけで、

いいのですが、残された人たちにとっては、気持ちの区切りがいるのでした。

たとえこの世からいなくなって、お骨になっても、後に残った人々の心からは、

なくならない。見送るひとのために、お葬式はあると思います。

 送る日に、いつかは送られる日がくることを思い、足元の犬とも、

いつかは別れる日がくるんだな、と思う九月の朝でした。

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簡単にはいかないこと

Tシャツと短パンでは、クシャミをする涼しい朝を迎えました。

ここ一週間で、すこしずつ日が昇るのが遅くなってきました。

秋の空、だんだんと高くなり、いい季節のはじまりです。

 うつくしい景色の中、時々考えることがあります。

ものづくりのスタンスについて。男子一生の仕事に選んだ設計は、

ものを相手に格闘するわけですが、なかなか思うようには

いかないものです。芸術と違って、人がその中で時を過ごす場所。

人の気持ちを(自分の気持ちも含めて)素直にかたちにすること。

そのことの「素直」の部分がとても難しいのです。

 場所、予算、要望を謙虚に聞いて、素直なかたちにする。

結局は自然体で、自然の声を聞き、自然に学ぶことしかないのですが、

よりよく「生きる」ことと一緒になってしまいます。

 当分のあいだ、次の答えが見つかるまでは、日々迷いながら

向き合って考え続けるしかないのでしょう。秋の夜長ですし。

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近くにいるよ

昨夜の雷雨で洗い流され、涼しい朝、すこし寝坊しました。

犬散歩もショートバージョンですまし、さあ仕事を片付け!

 昨日、長野の友人から「いま鶴岡八幡宮に来てます」と

「ウチ来る?」と聞くと「150人だから無理」。

なんでも医師会の団体旅行で来たそうで、「またの機会に」。

 その後まもなく犬を連れ買い物に出て、若宮大路を歩いていると、

下馬四つ角にて、長野ナンバーの観光バスに遭遇しました。

もしかして、あのバスに乗っているかとまた

「はい!」と返ってきました。顔はあわせられずとも、

近くにいるだけで、会った気になるのも、友達のいいとこ。

その日は江ノ島でランチをし、夜七時ころ長野に着いたと

 なんでもない休日、ローカルでココロがはずむひとときでした。

今度はで会いませう。

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雨降りと休日

旧暦の八月八日、白露。サッカーの対バーレーン戦を見ていて、

散歩を後らしていたら、雨が降り出してくれました。

毎日の犬散歩も、たまにはお休みです。ゆうべ、犬もお風呂に

いれたので、きれいなまま、出かけずに今日はいよう。

 食欲の秋、口にいれるもので、私たちのカラダはできていること。

そのことにすこし意識をもっていきたいと思います。

昨夜、BSで「七人の侍」を観ました。そこで描かれているのは

お百姓さんが白米を口にすることのなかった時代。

転じて、化石燃料を使って、世界中の食材が手に入る時代

に、雑穀を見直すのが今の私たちです。

 日ごろの食生活、お米や野菜、お塩やお味噌、しょうゆ。

まずは、基本的なところから、見直していく。

そんなことを考える、雨降りの日曜日です。

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週末の献立

暑さも一段落して、涼しくなって食欲の秋の到来です。

今年の夏は、現場に出る機会が多く、お昼には「お蕎麦屋さん」率が

とても高い夏でした。冷房の効いたお店で、冷たいお蕎麦。

人類は麺類。もともとそば好きなので、美味しい夏をすごしました。

 時には、お蕎麦屋さんのカレーライスもいいものです。

グリーンピースが三粒乗っかったやつ。また食べたくなってきた。

 昨夜は餃子に。今宵は、獅子唐やポン酢おろしでなにか一品。

朝から、ほんとうに食欲の秋です。その前に、ワークス!

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九月の静けさ

人もクルマも消えた朝、静かなものです。

海の家の解体も進んでいました。

もうじき、境川の河口に架かる木橋も取り払われて

材木座方面には渡れなくなります。

 移り変わる季節、郵便局には来年の年賀ハガキ!

のノボリが出ていました。10月末に発売だそうです。

前倒しにもほどがありますが。

 涼しくなった九月、立て込んだ仕事をきれいに片付けて

しばしのんびりする週末。静かでおだやか、美味しい夜を。

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そこにしか咲かない花

朝明るくなるのが、遅くなり夕方暗くなるのが早くなり

わずか一週間で、すっかり秋の夜長です。

これからは、ゆったりと本を読んだり、音楽をしみじみと

聴いたりする、いい季節の始まりです。

 昨日、訪れた場所は風の吹き抜ける、眺めのよい場所でした。

場所の特性を、素直に読んで、図面に表すのが建築の設計です。

たとえネット上の設計コンペであっても、建つ場所を実際に見て、

よく敷地の声を聴く。それ以外にはないと思っています。

 高山植物のように、その場所の自然に適応して、咲く花のように、

その場所にふさわしい家を、じっくり考えたいと思う秋の始まりでした。

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廻りの佇まい

海から湿った風が強く吹いていました。

人気の減った浜辺は秋の気配が濃くなっています。

 先日下見に行った敷地の現地調査会に、

午後出かけてきます。鎌倉山のてっぺんのその場所は、

眺望に恵まれていました。ということは吹き上げる海風も

さぞ強いことだろうと想像します。

 建物を設計することは、その場所の環境を創ること。

一品生産である家は、試作ができません。細心の注意と

廻りの家並みに敬意をはらい、何に重きをおくか。

そこのところが肝心です。

 謙虚に、あるがままに受け止められるように、

見にいってきます。

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その日暮らし

九月に入って、海の家もそろそろ撤収を始めました。

今年の夏は前半の猛暑と、後半の雷雨でメリハリのある

季節でした。残暑も続くようですが、あっという間に終わって

しまった夏でした。年齢を重ねると、過ぎ去る速さも加速装置が

ついているみたいです。

 時間は誰にでも平等で、だまっていても過ぎていきます。

同じ季節を繰り返し過ごすとしたら、毎日の風景や音や風に、

すこしでもココロかたむけて、その日ぐらしを楽しみたいものです。

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勉強の秋

真夏日が戻っても、朝の風は秋風に変わっています。

ゆく夏を惜しむかのように、海水浴の人出と今日も出会いました。

 仕事繁盛の夏を過ごし、ビールも過ごし、放電しっぱなしの

最近、秋の夜を迎えるには、すこし気になる本などを買い込んで

読んでみたいと思ってます。日々、是勉強。いくつになっても

好奇心と向上心、失わないココロの持ち主でありたいものです。

 ひとりの時間、大切にして。

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