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夜明けが遅い季節です。暗がりのなか、足元犬は
スタスタとスムーズな足取りで海まで一直線です。
家づくりで気をつけることがひとつあります。
場所が均一でないこと。簡単にいえば、明るいところと
暗いところがあること。最近は「明るい家を」とみなさん
おっしゃいます。もちろん、朝日に満たされる食卓や、
冬の陽だまりは必要です。が、寝室や書斎までが
明るい必要はありません。コンビニのような、
均一の明るさは、少なくとも住宅にはいりません。
居間でも、明るいところとすこし暗めのアルコーブとか
人の居場所がいくつもあると、面積に関係なく、
ひろがりが感じられると思います。
デジカメでも、フラッシュのあるなしでまるっきり
結果が違うものですし。ろうそくやフロアスタンドの
低い明かりもうまく使いたいものです。
今日のタイトルは、以前の「建築文化」誌の
「象設計集団」特集から拝借しました。
秋風が家の中を吹き抜けていく、晴天の朝です。
いつものように海へ犬の散歩をしてきました。
歩くリズムはアタマのリズムに同調して
調子もよくなるようです。
また、新たな設計コンペを始めています。
例によって、周辺の家並みを考えてみます。
廻りを見ていくことで、自分の中にその場所の
大きさやお日様のあたりかた、風やひかりの
入り方のイメージを取り込みます。
グーグルで見てしまえば、それで済むというもの
ではないと思っています。少なくとも、わたしには。
大げさな言い方をすれば、昔のひとが「血肉化」
するといった考え方でしょうか。そこまでではなくとも、
しっくりと頭にはいる感覚を持って、そこからが
始まりということでしょう。
さまざまな物事を統合する設計には、なにより
「こうしよう」というスピリットが大切と思います。
夜のスピリッツも同じようで。![]()
秋の只中、陽射しだけは夏のようです。
ただ、季節の風はすっかり晩秋かのよう。
最近は12月が紅葉の最盛期なので、
すこし季節が先送り?に伸びた感じです。
ここのところ、仕事が立て込んで、時間の
使い方がすこしばかりぞんざいになっていました。
週末を迎えて、じっくり考えることに時間を費やすことを
してみます。時間は、みんなに平等ですが、その中身は
例えばテレビを見ている時と本を読んでいる時、まったく
違いますよね。ゆったりしていても、アタマが活発に動いて
いいアイデアがこぼれたり。以前から「質」を問うことを、
自分にしています。やっぱり「中身」の問題です。
時間を荒く使うと、そのまま「質」に跳ね返ってくるもの。
日々、是好日。今日もまた出直してきます。
体育の日、カラダというよりはアタマと手を使う日になります。
今日はスケ-ルアップした模型をつくることに。
ちいさな模型で、敷地や全体の感じを、おおきな模型で
部屋から外を見たり、部屋のつながりを確かめたり。
ひとに伝える表現を、考えながらつくっていくのは、
なかなかに時間がかかります。でも、おもしろいので
なかなか止められません。CGとかにすれば楽かなとも
思ったりしますが、光りの入り方とか、模型が作りづらい
ところは、実際工事するときにも大変なこととか、
確かめながら進められるので、私には合っています。
朝夕の散歩時に、金木犀の香りがそこかしこでします。
中国語で「桂花」新宿にあるトンコツラーメン「桂花」を
いつも連想し、お腹を鳴らすのでした。人類は麺類。![]()
元祖体育の日、よいお天気です。晴れの特異日とはこれいかに。
東京オリンピックは記憶にありませんが、一世代前の先輩たちは
甲州街道でアベベを見た!とかの昔話で盛りがったりします。
なんで昔話かというと、ノーベル化学賞のクラゲ博士の方が、
50年代からクラゲの研究をされていたというニュースを見て、
60年前から研鑽を積まれた結果かと思ったからでした。
それ以前の戦中戦後を長崎という被爆地で体験された中、
働きながら独学されたと聞きました。困難にあっても辛抱強くあれと
語る言葉、安易な妥協の連続の設計屋には、耳の痛いお話です。
続けていく、走りながら考える、地道という言葉がありました。
大地を踏みしめる両足と、鳥の翼のような創造するチカラをもって。
雨降りの朝、犬の散歩を見送りすると仕事もはかどります。
犬は素直に、ひたすらお出掛けを待っています。
けなげな姿に、声を掛けると、また素直にしっぽが振られます。
「止むまで、待て!」
ノーベル物理学の受賞で、日本人の方が選ばれました。
宇宙の誕生を式で表す!!!???さっぱりわかりませんが、
一つ思い浮かんだことがありました。先日、TVでホスピスの
看護士の方が取り上げられていました。その方の、患者さんの
痛みをなんとか「わかろう」とする姿と、研究を続けられてこられた
物理学者の方々の姿。どちらも同じ情熱に支えられているのかな。と。
凡人には、せめて犬の気持ちを汲んで、散歩に出ることが、
今日のミッションでした。
昨夜の雨で空気が澄んで、秋空は高く拡がっていました。
雲な大きな流れが、手に取るようによくわかります。
物事も、見渡す視点をもつことが出来たら、
ちいさなことに囚われずに済むことでしょう。
よく大局、小局といいます。小さなことばかり見て、
大きな流れに気がつかない。そのことは、一軒の家を
設計するとき、常々考えることです。
繰り返される日常の、生活のひとつひとつを、掬い上げて
家の形をつくるわけですが、大きな視点が必要です。
家そのものや、その土地だけを見ることと、廻りの風景や
街並みを、おおらかに見ること。囚われるという字が物語るように、
囲いの中に、人がいる状態と、外から離れて「□」を見るのでは、
考え方が違うと思います。その違いを、同じ筋道で考えるのが、
設計の仕事の醍醐味だと思います。「違う」考え方を、一つのかたちに
「同じ」等質で籠めていく。
大文字の建築に対して、iからはじまる小文字の建築。ヒューマンとは
ちいさな視点と、おおらかな大きい視点のバランスがとれていることかな。
今日も綺麗な朝焼けで始まりました。昨日の流鏑馬も
秋晴れのなか、すこし汗ばむほどの陽射しを受けて無事奉納。
今日は次の設計コンペの敷地見学会に行ってきます。
近くなので気が楽。ですが、初めて訪れる場所に伺う時の、
謙虚な緊張感を大切にしたいと思います。建物を創るとき、
その場所の風景を壊すことだけはしないように。
出来れば、その場所に、以前から建っていたかのように
つくりたい。風景は寛大ですが、控えめでありたい。どうも
そういう性格のようです。素直が一番ということにでもしておきましょうか。
毎日毎日、ほんのすこしずつ変わっていく季節のように、
あたらしい気持ちで過ごす。思えば、しごく当たり前のことですね。
どこまでも高い秋の空、いわし雲と一緒に、しばし遠くの世界へ。
穏やかで清々しい朝焼けを迎えました。体が自然と一緒に
動き出すような朝、一日の始まりです。
昨日、設計コンペの計画案、ふと始めに戻って見たらば、
アタマと手が動き出しました。大筋は変わりませんが、
「これで行こう」という気になった!のです。
物事に対する、不安とか仕事の壁とか、本当は「ない」
ものなのですね。自分でそこにあると思うからあるので、
実在しているのは、自分だけに他なりません。
楽天家なので「なんとかなる」と思っていればなるもの。
生活の一部に過ぎない、ちいさななにげないことの積み重ね
「人生はこころひとつの、置き所」気の持ちようでした。
明日は流鏑馬です。今年二回目の。準備は、何事にも
必要なことでした。
雨続きで、お日様が恋しい10月1日。竹内まりやさんの
30周年ベストアルバム「エクスプレッションズ」の発売日です。
デビュー当時から聴いていたあの頃の自分から、30年。
変わらない音楽のよさとともに、これからも上質な音楽を。
さて、コンペの締め切りまで二週間。おぼろげな形を、
夢のあるかたちに。更地に、初めて立ったときの光や風の感触を
大切に、コストと理想のはざまで右往左往しながら、作り上げる。
どこに座って、どこを眺めるか、江ノ島を見下ろす敷地では、
ほぼ最初から決まっていました。その居場所に骨格を与える仕事。
そこで暮らす人の生活を包む、確かなモノ。それを創りだすことが、
私たちに与えられた、誠実な仕事です。気持ちにも忠実に。
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