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季節の変わり目、すっきりしないお天気
は見られるのでしょうか。
昨日、ワーナーマイカルシネマ茅ヶ崎で「チェンジリング」を観て来ました。
クリント・イーストウッドの監督作品らしい、抑えた表現と、抑揚のきいた映画でした。
アンジェリーナ・ジョリーは、いつもの現代的な女性像ではなく、当時の時代の
役者の雰囲気を醸し出していて、なかなか良かった。
久しぶりに「映画」を見たので満足でした。
実は、映画館に着いたとき、長蛇の列が。映画「おくりびと」のチケットを求める方々で
一杯でした。平日の朝、初めてみる人数です。昨日、今日のチケットは完売で、週末から
来週のチケットを先行販売していました。客層は、シニアの方がほとんどで、
「納棺」というテーマと、アカデミー賞の効果が、年配の方々の興味をそそるようです。
たくさんのシニアが、日本映画に集まる「人生余暇」の時代。良質の映画が生まれる
いい機会になると思います。危機は、捉え方で「機会」に。
金融危機の起こる前、ライフ・ワーク・バランス、仕事と暮らしの、良いバランスの
ことが取り上げられていたように思います。それが、不況となって、みんなそれどころ
ではなくなって、まずは仕事だ!ニュースでは「雇用の確保!」だと声高に聞かれる毎日に。
サラリーマンではない、自営業者にとっては、ライフとワークは一緒です。生活の中、
日々の暮らしそのものが、イコール仕事。文字通りの「ライフワーク」となります。
「おくりびと」の列をくぐり抜けて、上階へ。さて、コーヒーでも。と、なったとき
携帯に仕事関係の
!!!余韻を楽しむ間もなく、仕事場へとんぼ返り。
というわけで、ムービーとワークのバランスをとる、半休日でした。
仕事の日々、繁盛の合間を見つけて、今日は映画を観に出かけます。
昨夜は、日付をまたいで「ファーゴ」をじっくりTVで見たので、余韻を楽しみつつ。
私の尊敬する建築家、西澤文隆さんの言葉のなかに、建築家は一生勉強をするもの。
仕事は、毎日の生活の中、様々な事柄もすべて仕事に繋がるのだから、
おろそかには出来ない。余暇を大切に、たくさんのものを見聞きしたことが、全て養分と
なるから。という一節があります。二十代にはピンとこなかったことが、三十代で解り、
四十代になると、身にしみてきます。移り変わりの早い今、改めて勉強の日々です。
(映画を観る口実だったりもしますが)
出掛ける前、犬と一緒にいそいそと。
日曜の午後、生涯学習センターにお話を聴きにいきました。
お隣にお住まいの方の講演です。その方は、大手新聞社で記者をされていました。
活躍されていた「昭和」という時代の、報道現場の苦労話を聴きました。
「浅間山荘」事件の現場、当時の軽井沢近辺では、二月の最低気温がマイナス
15℃を下回っていたそうです。そのなか、千人を超える警察官の、食料の確保の困難、
用意されたお弁当やおにぎりが、凍ってしまう寒さだったそうです。
当時、昭和の40年代に入るころまで、報道の記事と現場で撮られた写真は、
伝書鳩によって、東京の新聞社に運ばれていたそうです。鳩の帰巣本能で、
300キロから500キロぐらいまでの、長い距離を飛んで帰ってくる。
その足に丸めたフィルムと記事をつけて、託す。新聞社では、鳩係りという
担当が、専門職としてあったそうで、その方が待つ。翌日の朝刊に間に合うように、
夕方、鳩たちが帰ってくるのは、感動的な時間だったと聴きました。
携帯のない時代に、多くの苦労を重ねて伝えられてきた、報道のお話。
平成も21年目。すこし遠くなった「昭和」に、生まれてよかったと思う日でもありました。
鳩のようには、働けないようです。↓![]()
子供の個室がいるか、いらないか、以前からいろいろな考え方があります。
商売柄、または自分の経験上からは、あったほうがいいと思っています。
ただ、個室というよりは、居場所。大きなリビングの大きなテーブルで、
宿題などはやればよいし、受験の時ぐらいでしょうか。個室化するのは。
今の子供は、ゲーム中心の遊びです。我が家でも時に、子供9犬2の11匹!の
集まりになったりします。各人がそれぞれゲームを手に、それぞれ勝手に遊んでいます。
それぞれが、ゲームをしているので、集まらなくても同じように思いますが、
そうではなくて、どうやら一緒に同じ時間を過ごすのが楽しいようです。
自分のゲーム内容とか、勝負の持って行き方など、ワイワイいいながら
同時進行していく。しばらく、それで盛り上がり、それに飽きたひとりが「外で遊ぼう」
と言い出すと、ぞろぞろと出かける。そんな、遊びです。
遊びのかたちは、移り変わっても、一緒にいると楽しいというのは、変わらないようです。
親にできることは、やはり見守ること。につきると思っています。
朝一で、やり残しの仕事を済ませ、郵便を出しついでに、犬二頭連れで海へ。
春の海は、次々と波が押し寄せておりました。足元では、打ち上げられた海藻やら
なにやらを、嗅ぎまわる二頭の犬。平和な一日が始まりました。
気温は低いようですが、早や陽射しは春只中に![]()
・自分の意見を、きちんと伝える姿勢。今回の村上春樹さんの
スピーチは教えてくれました。卵と壁、平易な言葉で、争いの終わらない社会に
対して、発言をする。卵である個人が、すっと立っているその姿に共感します。
standは、その側に立つ、賛同するという意味にも使われそうです。
自分の立ち位置、まさに自分がどういう立場をとるのか?
これからは、より問われる社会になるようです。
すくなくとも、ロレツが廻らない状態だけは、さけよう(変換したら酒用!)
普通の人間でも、できることから始めようと思う週末です。
来週は二月も最終週。すこしのんびりして、よりよく迎えたいものです。
犬の意見「早く散歩を!」を、ちゃんと尊重して。
待たせやがって!と顔に出て。
作家村上春樹さんがイスラエル賞の受賞にさいして、
私は卵の側に立つと言われていました。
卵はわたしたち個人、壁は大きなシステムや体制をたとえたもの。
たとえ卵が、間違っていたとしても、とも言われています。
言葉をつむぐ作家。開口健さんは、小説家は小さな説を書く仕事と
どこかで書かれていました。言葉は、断言したり言い放ったりして
醜く汚くもなりますが、使い手の側。言葉を話す人、わたしたちの人となりを
そのまま表すもの。話す、ひとことひとこと、ちいさな言葉がつながって
人のこころに届く。自分の立場、ここに立つという意志。
言葉の持つ意味。強さ。大切さ。人の心を、後押ししてくれるものでもありました。
仕事の合間に、本のまとめ読みをしていると、あっという間に一日がたちます。
いつ頃からか、本のタイトルに「~~力(りょく)」がつくようになりました。
最近読んだ本でも「悩む力」「本質を見抜く力」チカラのつく本を買っているわけでは
ありません。著者で選んでいますが、いつのまにか力の本が増えていました。
それだけ、ひとがなにかしらパワーを欲しているということでしょうか?
本を読む動機として、私は何かを得たいと思っています。
力そのものは、自分の内面からしか、湧いてこないと思いますが、
なにかのきっかけや、ものづくりのヒントなどなど、読んで身になった内容が
ふとある日に、「そうか」と一本に繋がることがあります。
本から得たことも、身につくのは、自分のちからで考えたことだけのようです。
開いた心で、すすんで得るちから。手のひらの上の、ちいさな本からも、
読み手のこころによって、書き手のこめたちからが伝わるようです。
すこし、仕事が一段落して、気を抜くと、とたんに朝のスタートが遅くなります。
病は気から、というように、気が張っていないとうまく廻らないようです。
いつもピンと張っていたら、時がきてプツンとなってしまいますが、
ピッタリチューニングした、ギターの弦のようでいたいものです。
手に取れば、すぐに響きだす、「打てば響く」ココロとカラダを大切に。
リサイクルなど、環境の言葉は、reから始まります。rとeだけで「再生」を
あらわす。毎日、わたしたちの体も、自然も再生を繰り返して生きています。
春も再生の季節。ふたたび良く生きる re 。みたび考えてまた動き出します。
廻りの人々への respect を忘れずに。
初夏のような日の訪れがありました。ここ最近は、すこしずつ移ろう季節と
いうよりも、スパッと切り替わる日がくるような気がします。
昨日も、今日から夏だもの!と春の日を通り越したような暖かさ。
フリースからTシャツへ、一晩でチェンジ。カラダもついていけません。
さきほど、逗子のかたが、うちの坂の青梅聖天社の写真を撮りに来られました。
毎年、梅の花の香りを漂わせ、春の訪れを知らせてくれます。
ここの梅で、梅干を作るのはうちの母、いただくのは私。地産地消。
春が来て、桜がさくと、GWから梅雨明けまで、季節はあっという間に過ぎます。
4月には、緑が濃くなりはじめ、ダイナミックに変わっていく。
自然の生命力、たいしたものだなと、この季節いつも想います。
人もその一員。輪の中で、ともに過ごそうではあーりませんか。
ピントがうしろでした。
今夜あたり、春一番かと言われていますが、まだ夜明けは遅いです。
朝6時の景色は、濃い藍色で始まります。低気圧の影響か、波が強く
打ち寄せていました。足元の犬は、グルグル廻ってご機嫌です。
いつも、ほぼ日手帳になにかしら書き付けていますが、
仕事がはかどったり、われながらよくやった!という日には、
good job!!!と書き込みます。
結構、毎日良くやっているつもりですが、そうそう褒められることは
すくないので、自画自賛。でも、いいんです。自分が納得していれば。
今年も、毎年の出来高ぐらいはいけると思っていますが、
景気によらず、仕事をいただけるのは、恵まれているのでしょう。
いつものレベルでいけるというのは、前年に比べて実質上がっている
ということ。前年比何%増とか、右肩上がりとか、数字で語る紋切り型の
語り口を、そろそろ脇に置き去って、ひとりひとりの資質を問い、数字や金額の
尺度だけではない、新しい価値観。今だからこそ、手にして。
犬をお風呂に入れるのは、仕事よりくたびれます。
全身シャンプーをすること、それ自体は楽に、犬も
リラックスして気持ちよさそうです。しかしながら、
その後始末。お風呂や洗面所の掃除。抜けた毛の山の片付け。
翌朝、またたくさんの抜けた毛の掃除。足掛け二日の工程になります。
生き物を飼うとき、みんなで面倒をみるという約束をしたはずが、
はて?結局、わたしが世話をしています。みんな勝手で・・・・・。
たまーに、すこし気持ちもくたびれ加減の日があります。
まわりが、全て自分勝手なことを言っているように、感じられる日。
今日が、休日で良かったな。力をいれずに、過ごせるもの。
明日は、すこし春により近づく、明るい一日を迎えることが出来ますように。
信州の鎌倉、長野県上田市の別所温泉に、安楽寺というお寺があります。
鎌倉の建長寺とゆかりのあるこのお寺に、友人たちと訪ねました。
国宝の八角三重塔は、本堂の背面の山腹に佇んでおります。
「詰組」つめぐみと呼ばれる、八角の跳ねだした屋根をささえる木組み。
たくさんの形をした、木を組んで造られています。
一見、複雑にみえますが、できるだけ、同じかたちの組み方を繰り返し、
つくる時の省力化をしています。それと同時に、繰り返されるかたちの連なりに、
美しさが宿っています。今のように、電動の工具がなかった、鎌倉時代。
七百年以上前に、建てた人たちのことを思い、「昔のひとは、偉かった。」と、
ただただ感心する、設計屋たちでした。
欄間(らんま)の意匠(いしょう・デザイン)も洒落ています。
繰り返す美学とでも言いましょうか。つい細かいとこに目がいく
のが、この商売柄のようです。
昨日、夜半から明け方の豪雨の中、仕事で御殿場へ。
遅れないように、早めに出たら、一時間もはやく到着。
マックでコーヒーを飲みつつ、待ち合わせ時間まで、
沢木耕太郎さんの「凍」を読んでいました。冬の朝、雨降りの
寒空に、ぴったりの内容です。文章がいいので、引き込まれて
読み進めます。余裕をもって出かけると、そういう、いいひととき
を過ごすオマケがあります。山登りにも「オマケ」があると、その本の
なかに出てくるので。
御殿場では、沼津ナンバーのほか、「富士山」ナンバーが
ちらほら見受けられるようになりました。ご当地ナンバーというやつですね。
その土地ならではの、名物になるのかはわかりませぬが、
お堅い規制のなか、ナンバープレートも、数字や名前で自己主張するのも
ありかなと思います。
うかがったお宅のダックス君、その土地の、その場所でしか会えない
一期一会でもありました。
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