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2009年9月

イタリアの風景6

ロングブーツのかたちのイタリアのひざ下ぐらいにサン・ジミアーノという街があります。

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 ローマからフィレンツェに向かう途中で立ち寄った「塔の街」です。

中世の城壁に囲まれた街へ、サン・ジョヴァンニという名前の門をくぐって入ります。

 広場に立ち、見上げるとそこかしこに塔が立っています。今は十三本ですが、

その昔はなんと七十二本もあったとか。林立していた理由は、?定かでないようです。

が、貴族同士が見栄で、俺も、俺もと立てたという説があります。(俺とは言わないか)

理由はどうあれ、今に残る塔の並ぶ街中にいて、中世の人々もこの塔を見上げていた

のだなと思って、想像の翼を伸ばしていたあの頃を、思い出ました。

Italy041

 イタリア在住の建築家の方が、建築雑誌に書かれていた中に、

歴史のある建物、住宅でも手を入れる時には、窓一つふさぐにしても、

そこに窓があったという痕跡を残しなさい、という決まりがあるというくだりがありました。

 当時は、わからずに紋章のある壁面を撮っていましたが、その後、この文章を読んで

なるほど、窓のかたちが残っているのでした。

 古いものを残す、意志。イタリアの人々は「当たり前」と思っているようです。

「サン・ジョバンニ門」の名前を、調べるために「イタリア丘の町」という本を見ていて、

また行きたくなってしまいました。仕事がんばりまっす。

イタリアの風景5

雨上がりの朝に、ラッキーなタイミングで散歩完了。犬満足の火曜日です。

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 一日の中で、夕暮れ時が好きです。朝一番もいいのですが、

日がだんだんと落ちて、光と闇が溶け合う時間の、微細なひととき。

 フィレンツェの川面に映る光にも、静かな美しさがありました。

日本の川のように、国土交通省の無粋な看板もなく、ただ静かな時間の景色があります。

 日本の古い町並みにも、陰影はありますが、ヨーロッパの光りと陰には、深さがあります。

宗教が違い、歴史が違い、石や煉瓦で出来た建物や石畳に反射する光りが違う。

時の流れが、川の流れと一緒に感じられた時間でした。

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心地よい自分の姿勢

陽射しや風が、ことのほか気持ちの良い、いい季節の只中です。

木曜からは10月がはじまります。今週は現場ウィーク。カラダが自然に動くよい時季、

ありがたいかぎりです。週末の流鏑馬に向けて、秋雨前線を蹴飛ばしつつ行ってきます。

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 お隣の方々に、可愛がられているうちの犬、しっぽがブンブンです。

うれしさを、カラダ全体で素直に表に出す。そういう感情表現を、すこしは

見習って、いい関係を育みたい秋の一日。二回目の散歩を、午前中に済ませて

夕方、野球を観終わったあと、お風呂にいれてやりました。面倒見るのは、時に

仕事より大変だったりしますが、そも犬を飼い、世話のかまけていられるのも、

仕事に恵まれているがゆえのこと。人様に、頼まれる幸せを、背筋を伸ばして

受けなければ、お天道さまに申し訳ありません。

 自分に向かって吹く風、いい姿勢でいれば、ここちよく吹き抜けてくれるものです。

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めぐる季節とともに

秋の高い空の下で、小学校の運動会がありました。すこし季節が戻った残暑の中、

恒例のかけっこに玉入れ。いつごろからか、おじいちゃん、おばあちゃんが孫たちと

参加するかたちになり、上級生と下級生がいっしょにリレーをするようになりました。

童心忘れるべからず。どんな人にも子供時代はありました。秋の風の中、インフルエンザに

邪魔されず、無事に楽しい時間を過ごせたことに感謝しています。

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 歳を重ねると、人は人生の一回性に思いを馳せ、桜や木々の紅葉に、巡る季節の

永遠性を見るようになる。と、池田晶子さんは書かれています。

 人の親になってみると、自分の両親のことがすこしずつ、より理解できるようになるし、

子供たちの、ある懸命さに、目を細めるようになる。同じような朝でも、

同じ自分は二度とない。だからこそ、永遠という言葉の意味を、思うことが

年齢に関係なく出来るのでしょう。

 朝の早い、八百屋さんの店先に、豊かに秋の果物が山と積まれています。

めぐる季節は、あじわいの季節でもありました。

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仕事をするからだ

シルバーウィーク中、連休ボケを軽くするため、シコシコと仕事を片付けていたお陰で、

また連休の週末です。週休五日をありがたく頂戴します。

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 よりよく休む前提の、よい仕事。そのことは、健康であることに、支えられています。

東京の事務所勤めをしていた十年は、季節の変わり目には必ず風邪をひいていました。

睡眠も不足がち、文句も出がち。やりがいはありましたが、ココロの芯、体の芯が、

どこかくたびれて、風邪をひく。その繰り返しで、過ぎた季節でした。

 自分の事務所も、積極的にというよりは、成り行きで始めました。アパートの食卓の上で、

中古のノートパソコンで仕事をしていたことも、今では懐かしい思い出です。

 自分たちの家を建て、そこに仕事場を作ってからは、落ち着いて仕事に向かえる環境が

整って、いつの間にか、風邪も引かなくなりました。カラダにも、仕事にも、一本芯が出来る

ことによって、その中心が安定するように思います。

 アタマを使うことが、設計のように思われますが、体が資本です。人がその中でカラダを

動かすのが、建築です。建物をよりよく、使いやすくするのは、絶えずカラダを動かして

設計する他にはないのでした。

 いつも、精神論といいますか、自助論になってしまいますが、仕事をするのは、

ここにいる健康体に他ならないので、納得しています。

 自営業は、全てが自分の時間。その日暮らしを、いろいろに按配することで、

考える時間がたくさん得られるようになります。人のせいに、しなくもなりますし。

 自営のススメ論、学問のすすめに近づけるよう、これからも磨いていきます。

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仕組みをつくり きっかけを得る

お彼岸を境に、迎える朝の景色が変わってきました。空気だけでなく、色合いが違います。

空気が変わったから、違って見えるのかもしれませんね。段々と、鼻の奥が冷たくなって

くる今日この頃の季節です。

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 先日、天気予報で、紅葉が始まるスイッチは、最低気温が10℃が目安と聴きました。

そうか、自然もスイッチか。コンサルタントがよくセミナーで専門用語をカタカナで連発する

ように、自然というシステムの紅葉スイッチ。設計屋として、相手には出来るだけ平易な

言葉、やまと言葉で伝えようとしている立場で、言うところの仕組みときっかけ。

 きっかけは、まさに自然に訪れるもの。仕事でも暮らしでも、すこしずつ良くなるように

流れをつくるのが、仕組みづくり。おのおのが、それぞれの「違う立場」でより良く、

相手の立場を考える「仕組み」。それには、やはり創意工夫という言葉が次にくるように

思います。きっかけは、何でもよくて、行動そのものが大事でした。

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アンリ・リヴィエールの海と秋空

秋の高い空の下、美味しいBBQと美術鑑賞とドライブの秋分です。

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 葉山の近代美術館でフランスの芸術家アンリ・リヴィエール展を見てきました。

北斎や広重の浮世絵に影響を受けた作品で、なるほど構図は名作を下敷きにして

いましたが、色使いやテーマはオリジナルです。微に入り細に入り、繊細な線描と

淡い色やボカシの広がる世界。宮崎駿さんの世界に通ずる感覚を感じました。

 版画からリトグラフへシフトする中で、より多彩に連作をものにしていった確かな目は

作品の中に、日本の秋の陽光とは対照的に、静かに豊かな光りと陰を残してくれています。

 いい時間を過ごしたあとは、おいしいBBQ。森戸海岸を見下ろす高台の友人宅へ。

自作のデッキとBBQ炉。見事な出来映え。なにもせず、ただただ食べるひとでありました。

 ただ過ごした時間ですが、とてもココロの休まる休日となりました。食欲+芸術の秋。

本物の作品は、時代を超えて、あり続けること。あらためて、肝に銘じて。

招かれる秋分

そこかしこで渋滞のニュース。鎌倉も人と車が溢れかえっている連休です。

朝早くに散歩を済ませ、犬はもうゴロリンとしております。

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 昨日友人からバーベキューの誘いの電話があり、出かけてきます。

ちょうどいい季節に、ちょうどいいタイミングで呼ばれました。

声がかかるということは、他人がこちらを考えてくれていることです。

感謝しつつ、またいい週末を迎えに、のんびりと行ってきます。海の先まで。

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無垢なこころの在り処

小雨まじりの中、なんとかもつか、と傘を持たずに海へ。イギリスの海のような(行ったこと

なし)低くたちこめる雲が広がっておりました。

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 なんとなく、映画のオープニングのような景色でした。昨夜見たおくりびとの印象が

一夜明けても残っているからでしょうか。「おくりびと」を見ながら、伊丹十三監督の

「お葬式」を思い出していました。二つの作品は、人の死を中心にしていることが、共通して

いると思いますが、連想のもとは、やはり山崎努さんの演技でした。

 映画の中にピタリとはまる、「役者」としての存在感はいつも心に残ります。

作品の中で「立ち位置」が決まっているのは、その役は山崎努以外考えられないという

見事なポジションを築いているからなのでしょう。つくづく映画は、俳優の個性をいかに

生かすかにかかっているような気がしています。「残る」映画を、これからも探して。

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 人の死をテーマにすると、日本らしさがより際立つ。お彼岸に、ふさわしい気持ちに

なるいい映画を観たあと、目の前の無垢な魂をもつ犬にも、やさしくなれる朝でした。

食欲の秋 イタリア色

食欲の秋、毎年この季節になると、パスタの国を思い出します。

人類は麺類。毎日、一食は蕎麦、饂飩、ラーメンでもいいと思っている麺好きとしては、

パスタも大好物です。日本の蕎麦、饂飩は、茶蕎麦以外基本モノトーンですが、

彼の地のパスタは、国旗の色より多彩です。

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 形も、かのジウジアーロがパスタをデザインしているように、多彩で茹で加減も

多種多様。色もいろいろと練りこまれていて、料理の発想が刺激されます。

 ペンネの形をデザインするときに、茹で上がりの時間を考える。お湯の中で、

より早く茹で上がるかたちを考え、見た目にも美しさを考える。そこまでをデザインの

範疇とするイタリア。おいしさを前提に、デザインの国は、実に味わい深いところです。

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 散歩をするのは、健康的ですが、その後の食欲増進。対策が急がれます。

毎日が日曜日

海の家がすっかり片付いて、久しぶりに広く蒼い、空と砂浜のコンビが戻ってきました。

遠く通り過ぎた、台風の風と残波が寄せる朝です。

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 犬と一緒の暮らしをして三年になりました。子供と同じで世話がやけます。

巣立ちがなく、手を離れることがないので、子供より面倒かな。

 人が忙しかろうが、連休だろうが、まったく関係なく、ご飯、散歩を要求します。

すこし遅く起きたりすると、鼻をならして、文句を言う。犬の筋の通った主張、

こちらも見習いたいものです。毎日が犬の日曜日。こっちも、毎週末のブロンズウィークで

対抗して、いったろうと思う朝でした。

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途切れない暮らし

道端に咲く彼岸花が、秋のお彼岸を教えてくれます。海辺の駐車場は、ホリデーサーファー

の車で混んでいました。遠い台風から届く大きな波が踊っています。

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 図書館に調べ物をしに行ったら、明日からリニューアルでしばらくの間休館とのこと。

とりあえず、数冊貸してもらい小脇に抱えてきました。鎌倉の図書館は、世界遺産に登録

を目指すまちとしては、まことにお寒い中身です。お隣の藤沢をすこしは見習ってみては。

子供たちの未来のために!なんて、お題目が市長のコメントにありますが、底の浅い

お話です。そんな人を選んでいる私達も、まことにお寒いということでしょう。トホホ。

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 先日、叔母との話の中で「途切れずに来る仕事」は人柄が連れてくるという言葉が

ありました。仕事をうまい具合に片付けて、のんびり休める週末をもらえる幸せ。

いいお休みは、いい仕事が連れてくるもののようです。

 ある本の中に、かのヘラクレイトスの言葉がありました。「性格がその人の運命を決める」

古人の格言は、さまざまなことを考えるおおもとになってくれます。

 よく出力するための元手は、こまめな入力。いい音楽や、いい本と過ごす、

とても充実した休暇になりそうです。

うれしいニュース

なんの秋?かと聞かれれば、食欲の秋ですが、スポーツの秋でもあります。

ここへきて、メジャ-リーグ、シカゴカブスに田口壮選手がコールアップされました。

マイナーリーグ、アイオワカブスで今年のシーズンを終えるかに思っていましたが、

見事昇格。野球の神様は、努力する選手には、光りをあててくれるようです。

野球中年として、目頭が熱くなりました。我がことのように。

 たかが野球、海の向こうのひとコマとはいえ、オリックス時代、イチロー選手と共に

鉄壁の外野手でした。マスコミの取り上げ方の差、おしなべてワンパターンです。

タレントの記者会見には、毎日多くの時間が充てられます。

多様な社会の、人の営み。本当の広い視野をもつ、真の報道はいつの日か。

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 今日は、半ドンにして床屋へ。サリーちゃんのパパ状態の爆発アタマを

すっきりとして、いい週末にしようと思います。野球とビールをお供に。

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お彼岸を前に

すこし陽射しが強く、残暑の中、無事古式神事流鏑馬が行われました。

ご奉仕を努めた子供たち、感謝状と記念品を頂いて帰ってきました。

年に数回でも、いにしえから続く伝統行事に参加出来ることは、幸せなことです。

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 秋のお彼岸を前に、穏やかな気持ちで連休に向かえるのも、幸せの一つです。

 鳩山さんの就任会見の中で、失敗について寛容にとの発言がありました。

最初に失敗の話が出ることは、とても素直に感じられます。社会全体がミスを糾弾する

ばかりの中、もともと日本にある、失敗に対しての寛容さ、を取り戻すような流れにも

なっていけたらいいと思います。イチロー選手が凡打という「失敗」の中から積み上げてきた

ように。そもそもイチロー選手は、凡打を失敗とは捉えてはいませんが、

いい季節を、無駄にすごさないよう、凡人は今日も仕事に向かいます。

週中にくつろぐ曜日

先日ワイン屋さんから、今年のヌーヴォ&ノヴェッロの案内が届き、秋の味覚と共に

呑み助にとっては、うれし楽しい季節がやってきました。八幡様では、流鏑馬が行われ

秋のめぐみに感謝をする日になります。

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 昨日から馬場が整えられて、人馬のリハーサルが行われていました。

例大祭の列には、下の子も参加してお努めをします。夜半からの雨も上がって、

秋のお祭りにふさわしい、晴れやかな一日になるますように。

 馬の走りぬける馬場は、神事の行われる文字通り「神聖」な場所です。

が、昨日の朝は、犬とともに踏んづけて横切ってきました。寛大な神様、どうぞお許しを。

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 移り変わる季節の、とある水曜日。犬はマイペースですが、流鏑馬で人馬が駆け抜け、

新たな政治の季節が始まる、なにか新鮮な水曜日の訪れでした。

ものの見方と目線

毎日、同じように犬散歩をして、同じように空を見上げています。

同じ場所から見ても、風景は刻々と姿を変えて、決して同じではありません。

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 イチロー選手が、同じリズムでバッターボックスに入ることで、見る景色も

違って見えていることでしょう。毎日同じことをしていても、違う場所に行くことが出来る。

続けることぐらいは、マネできるかもしれません。

 自分に対する見方と同じように、廻りを見る見方も大切に思います。

先日、話し方教室の会長さんが、麻生総理の目線についてこう言っていました。

「常に上から目線。」記者団との会見で、いつも上から下を見下す目線であると。

 子供たちと話す時に、腰を落として話を聴けるように、なるたけしたいと思います。

下から空を見上げるのと同じくらいに、せめて水平目線を心がけ、

目線の位置を下げたいと思う毎日です。見下ろすのは、山を登ってから。

 いろいろな山を、みんな毎日登っていきながら、うつむかず上を見て。

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静かに始める週

今朝、海岸で流鏑馬のための神事が行われていました。馬場も整い、水曜日を待つ

今週です。夏の間、見えなかった伊豆や大島が、澄んだ空気の中、浮かんでいました。

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 いつからか、シルバーウィークという言葉が聞かれ、今週末は五連休。

今年は、仕事をよくしたので、後半はすこしスローダウンして、充電期間にします。

 物事を見据えるには、ココロの平穏が必要です。いい音楽には、いい間があります。

音の無い部分が、音を惹き立てる。いつもは見過ごしていること、よく見ていなかったこと、

見つめなおす週を、静かに始めたいと思います。

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波と風と雲の音楽

音楽にリズム、メロディー、ハーモニーがあるように、鎌倉の景色には海、山、空が

今日もありました。雨も上がって、しっとりとした朝です。

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 今日は、音楽をじっくり聴く一日にしようと思います。多和田(たわた)えみさんが

最近のヘビロテでした。いい音楽は、いつも友人と共有すべくCDをこしらえて。

レコードとカセットテープの時代から、やってることは変わりません。

 これはという曲に出会うと、耳が立つのでした。いい曲はメロディーが良くて、

声が良くて、アレンジも好み。三拍子揃わないと、耳にピンときません。

 目と口は悪いですが、鼻と耳にはすこし自信があります。

いい匂いはすばやく察知し、いい音はひと聴きで見つける。

デザインも音楽も身の周りに置くことで、文字通り身になります。

センスを、磨いてくれるものとして。

 いい音楽はいい景色が浮かぶもの。ココロの糧として、いい音楽を携えて、よい休日を。

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午後からの休日

予報よりだいぶ早くに雨が降り出しました。雨音が響く土曜日です。

 今日は、午前中メインで仕事を済ませて、午後からはゆっくりと過ごすとします。

以前は、学校も仕事場も、土曜日は半ドンでした。週休二日が浸透して、最近は、昔より

休みが増えているように思いますが、景気も含めて世の中落ち着きがなくなって、

昔よりゆったりと休めない状況が続いているようです。

 なんでも回転が速くなって、便利になったように思えても、そのじつ、人間そのものは

変わらず、ペースも同じなのでしょう。休み疲れという言葉が、そのことを表しているように。

 こういう週末には、すこしじーっとして、静かに時を過ごすのがよろしいようで。

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儚いもの  だからこそ

セプテンバー・イレブンの空は、たくさんの雲がたなびいていました。

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人の夢と書いて、儚い。昔の人は、本質を見て字をつくられています。

宇宙の永い営みの中、ふとこの世に現れた私達のいる、この世界。

宇宙から見れば、一瞬の瞬きにもならない、一度きりの人生の中で、

争いや諍いは絶えず、人のもつ夢も儚く消えていきます。

 けれども、人は夢を見ます。星の海をゆくような、一瞬一瞬の間にも、

儚いからこそ、夢を見る日々。

 生きるこころざし。志はココロが指すほうへ、ひたすら向かうことです。

たとえ一瞬でも、よりよく生きること。歩みを止めずに。儚いもの、だからこそ。

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希う日 秋の日

とても涼しくて、蒼い空が高く広がっている朝です。

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 仕事の合間、合間に読書週間をはじめています。

いい本は、読み返すたびに、違う視点を持たせてくれます。

ほんとうの考えを見つけ出すのは、簡単ではありませんが、

よりよく考える、こころと体を与えてもらっているのだから、

毎日ちゃんと使って、時間をかけて探していこうと思います。

 池田晶子さんの本の中に「希う」ねがう、という言葉がありました。

希望でもあり希少のき、ほんとうの考えを持っているひとはすくない。

でも、いつか手にすることが出来るように、することを努力と呼ぶのでしょう。

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 季節の変わり目。世話になった叔父を、送ることになりました。

魂は、今頃高い秋の空へ昇っていくことでしょう。

静けさを求めて

ふと手元にあった、去年のほぼ日手帳に、ゲーテの言葉が書き写してありました。

「才能は静寂の中でつくられ、人格は世間という潮流の中で形成される。」

なぜ書いたのかは覚えていませんが、その下に「自助」と書き込みがあるので、

なにかの言葉に寄りかかりたい、心細さがあったのだろうと思いました。

 静寂を夜とするなら、人格形成は昼の世間で、ということになるのだろうと解釈します。

昼の間、世間でする仕事。仕事が人格をつくるのは、ほんとうだと思います。

世間にもまれて、汗かいて、答えを探すなかでつくられるものが、その人。 

 池谷祐二さんの話で、夜寝る前の時間が大切だとありました。どうやら寝ている間に、

アタマの中でそのインプットを整理して、なにかしらそのテーマの答えやまとめを

つくっているようなのです。一日の終わりに、ひとり静かに、考える。「思う」のではなく、

考える。深く考えるのは、少しずつ。掘り下げるテーマは、たくさんありますね。

 穴を掘りすぎて、廻りが見えなくなってはいけないし。ゲーテの言葉には、

昼と夜のバランスをとることも含まれているようです。涼しくなってくると、いろいろ思う

秋の夜長でありました。

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築く 気づく

遠い台風からの大きな波が打ち寄せていました。上級者向きの波です。

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 人との関係を築くことが仕事の中心にあります。そのためには、日ごろから

さまざまなことにアンテナをはって、気付きを得ることが要ります。

 人の気持ちに気付くこと。こちらに余裕がないと「なんで」「どうして」そんなことを

言うのですか?という対応になってしまいます。忙しくても、準備がしてあったり、

先にすこし進めておいたり、経験を積み重ねておくことで、気を利かせることは出来る。

 心配りとか、先回りして、相手の興味にきちんと答える。そんな存在になれるといいな。

友人から、仕事を頼まれるということは、信頼を築くことが出来ている証と思います。

おごらず、謙虚の本当の意味を、すこしずつ考えていきます。秋の夜長が始まったから。

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肯定からはじまる仕事

白露の今日、涼しい風と虫の鳴く声で始まりました。充実した一週間を目指します。

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 仕事をする人には、二つのタイプがあると思います。「それは違う」「出来ない」から

はじまる人と、「それはこういうことでしょうか」「やってみましょう」という人。

 私は出来るだけ、後者でありたいと思っている人間です。

プロという自覚があれば、自分の引き出しから、相手の求めることに近いものを探して、

なんとか答えを出すことが出来ます。肯定することは、相手の立場に立つことです。

 「出来ない」ことは、もちろんたくさんあるとしても、「こうならば出来る」を返事する

そんな設計屋でありたいと、いつも願っています。

 みんな「同じ」で「出来る」と思う肯定と、「違う」と「出来ない」を言う否定、

どちらで行きますか?仕事に限らず、人生のもろもろに当てはまると思うのですが。

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月のように さりげなく

湿度が下がって、さらっとした秋風が海を吹き抜けて、とても心地よい休日です。

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 昨夜の満月は、澄んだ夜空に煌々と輝いて、うさぎさんがよく見えました。

月はまん丸ではなくて、すこし下膨れだそうで、いつも重たいほうを下にして、

こちらに向いているそうです。近くて遠い月、時間を忘れて眺める秋になりました。

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 空が明るくなっても、月はさりげなく、でもしっかりと輝いています。

日々の暮らしの中でも、月のように控えめで、でもしっかりとそこに輝く、

そんな存在でいられたら、いいと思います。

ココロの指すほうへ

遠く長く雲のたなびく季節がやってきました。秋の満月が昇るまで、よい仕事します。

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 働いていると、ふと方向を見失ったように思える日があります。

毎日のことに流されて、思うようにことが運ばないなと立ち止まる日が。

でも、「不安」というのが、実際は思っているだけで「ない」のと同じように、

自分の目指す方向は、常に目の前に「ある」のかもしれません。

 なにもしなくても、人は一日ずつ歳をとっていきます。無理に変わろうとしたり、

いつもと違うことをして、失敗したり。慣れで、済ますこともある。けれども、

自然に移り変わっていくのが、「自然」であるように、あるがままに、向いていくほうが「前」。

 前向きって、直感でココロが指す向きのことですね。いい季節のなか、

しょうもないことを考えながら、前向きな気分で過ごす週末です。

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かたちのない秋風

現場へ出ても、散歩に行っても、涼しい風のお陰でゆっくりと歩けます。

枕元では、鈴虫たちが日がな一日、鳴いている季節になりました。

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 目を閉じて、潮騒を聞いていると、風の吹き抜ける音を感じます。

巡る季節の中で、すこしずつ移っていく九月の空。

同じ日は、二度とはない。そのことを、ココロの片隅に置いて、今日も出かけてきます。

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イタリアの風景4

イタリアは、フィレンツェの街並み。丘の上から赤い屋根と蒼い空の対比を魅せてくれます。

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 ドゥオモの隣には、画家ジオットのデザインした花の鐘楼があります。

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 イタリアの赤や緑の大理石を、繰り返し用いて、見事というほかはありません。

このデザインは、東京の都庁舎で、ノートルダム寺院のかたちと共に、マネされましたが、

ただのモノマネに終わって、都庁舎は維持改修費用が700億を超えているとか。

 模倣と創造。デザインは、そこに個人の意志が投影されて、はじめて創造になるという、

悪い見本のようなバブルの塔が、日本の首都の有様です。

 インスピレーションや形の原型として、模倣から始まっても、そこに設計者の魂が

こめられていれば、生きた建築になります。昔の人が、そんなことまで考えていたかは

わかりませんが、人のココロに残り、風景の中に凛として建っていることが、

優れた創造力を物語っているように思えます。

 この塔の近く、釜焼きのピッツァ屋さんがありました。ランニングシャツ一丁のおじさんが、

焼く石釜の、ピッツァ。おいしいワインと共に、忘れられない一夜となりました。

 また、いつかきっと行きます。

仕事を仕切るスキル

九月の声は海で聞こえます。海の家の看板が徐々にはずされて、滑川にかかる木橋も

そろそろ解体です。長袖でちょうどよい、涼しい風が吹いています。

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 今年の秋は、訪れがはやく長く楽しめる気がします。仕事もはかどるように。

仕事は、段取りが八分。組み立ての道筋さえ、はっきりしていれば、流れるように

進むことが出来ます。自分が主体だと意識すれば、人の意見も素直に聞けるはずです。

 仕切るというのは、仕事をやりきる、しきるでもありますね。スキル技術は繰り返せば、

身に付くものですが、おおもとの発想や気力は、遊びや読書や音楽から養分をもらって

充実させるものと思っています。いい季節には、いい仕事をして、季節に応えたいものです。

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この夏の定番音楽

選挙明けの、台風に吹かれて、濡れ鼠になって現場から戻りました。

今日から、九月の始まり。短い夏が投票と台風と一緒に過ぎ去っていきました。

 今年の夏は、村田和人さんの「ずーーっと、夏。」をずーーーーっと聴いて過ごしました。

十数年ぶりの新作は、80年代からの路線の原点に戻ったような曲の数々。

去年のライブと同じ歌声は、より若くなって聞こえます。声は歳をとらないというのは

本当じゃなくて、伸びがなくなったり、つやがなくなったり、声量がなくなったり、するもの。

村田さんの声が、相変わらず伸びやかなのは、本当に不思議です。

 アルバイトをしに、七里ガ浜までの往復の車の中で聴いていた「ひとかけらの夏」

今でも、夏の定番です。これからの秋の入り口にも、ゆく夏を惜しむ寂しさにピッタリ。

「ずーーっと、夏。」の中に「二人乗り」という曲があります。幾度と無くジーンとし、

由比ガ浜へ散歩に向かう朝、何度も口ずさみました。また、夏のワンシーンに。

 先日、散歩からの帰り道。二人乗りの子達が、追い越していきました。

笑いあうカップル。永遠の夏を、「二人乗り」の曲と一緒に見送りました。

Kaz1

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