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2009年10月

一に収納、二に収納

以前に出た写真集で、各国の家の持ち物を、家の外に出して撮影した本がありました。

なかでも、日本人の持っている物の多さは、はんぱない!ものです。

 モンゴルのパオのように、家自体が折りたためる生活では、おのずと家財道具も

持ち運びできる範囲に限られます。が、今の日本では、食生活を見ても、パスタ鍋から

様々なフライパン、食器、お猪口からシャンペングラス、最近ではパン焼き器まで

加わって、物のスペースが増えてきました。生活全体では、言わずもがなでしょう。

 設計の仕事上、必ずといっていい要望の一つが「収納をたくさん」。奥様方は、

場所がないから片付かないという、強硬な論理で設計屋に迫ります。

出来るだけ確保するべく、善処します。などと役人のような答弁をしつつ、いつも考えます。

 物が住むのか、人が住むのか、と。

 設計屋として、紺屋の白袴、家人から収納が足りない、と自分の設計した家で

文句を聞きつつ、人様の家をちゃんと創っているのだから、よいではないか、と

殿様口調で言ってみたりしています。

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 日本の畳の間には、物を置かないのが、そもそもでした。

ちゃぶ台や座布団や寝具は、使い終わったら押入れや納戸へ。

こざっぱりと、部屋が片付いていてこそ、の和室です。

 ふたたび、サザエサンちのお舟さんという存在があってこそなのかもしれません。

そんなこんなの和室の押入れ、今の時代、クロゼット化するのも当然でした。

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これからも和室に夢を

先の戦争の後、昭和の時代、経済成長に伴って、だんだんと生活が洋式に変わって

和室が少なくなってきました。平成もはや、二十年を過ぎ、経済も立ち止まっています。

 そこで、日本人のこれからの住まい、和室を創るべきでしょう。素足での、畳の感触を

知らない人はいないと思いますが、和の代表の畳。この世紀になっても、畳が物語る

精神性を家の中に残したいものです。その昔、サザエさんの家のように、波平さんから

カツオくんに「バカモン!」と雷が落ちるのは、畳の間に正座する場面でした。

 一部屋、三畳でも用意して、読書室など、いかがでしょうか。

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 障子を摺り上げると、自然に日の当たる庭に目がいきます。

畳の上に座ると、目線が下がって、違う世界が広がるもの。

 御歳をめした方々が、椅子式のほうが、立ったり座ったりが楽だと

よくお聞きするけれども、ようはカラダの慣れです。

 体の所作、どんどん失っていくばかりでは、精神も同じように

減り続けることになりそうです。

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 この部屋では、天井の照明も、大工さんが作り上げてくれました。天井の板の線を

途切らすことなく、木のフレームをつくり、そのなかに乳白のアクリル板をはめ込んで、

と言葉にすればあっという間ですが、作り上げるには三日かかりました。

 エアコンも目立たぬよう、格子の向こうに納めてあります。

現代的な設備を、いかに目立たぬように、本来「何も置かない」畳の部屋に

溶け込ませるのか、まだまだ考える課題はたくさんあります。

 後は、クライアントの方々の、見識次第ということになりましょうか。

玄関は家の顔

名は体を現す、の言葉を家に置き換えると、玄関は家を表すことになりましょうか。

 街中で建つ、建売住宅には、お決まりの既製品のアルミドアが嵌まっています。

夜中に、酔っ払って帰ったご主人が、朝目覚めると、お隣の家だった。という笑い話が、

本当に思えるような、同じような外観。横並びの日本文化、そっちの方向には

出てほしくないと思っているのですが。

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 さて、うちの坂の上り口にあるこの家の主は、弁護士さんです。

その職業にふさわしい玄関を、私なりに考えるとこういう姿になりました。

 普通、壁は大工さんが作り、扉は建具屋さんが別に作ります。それですと、

同じ種類の木で頼んでも、別々に用意した色合いになってしまいます。

 ここでは、同級生の建具屋さんに頼んで、同じ木の板を用意してもらって、

左から右へ番号をふってもらい、その順番で、大工さんは壁に張り、建具屋さんは

扉を作りました。その甲斐あって、木目の揃った、格調高い玄関が出来上がりました。

 自画自賛ですが、デザインした私より、大工さん、建具屋さん、床の石とタイルを

張る職人さん、それぞれの手を経て出来上がっているからこそ、の出来です。

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 余談ですが、無垢の木の板、乾燥した良材ですが、湿度によって

伸びたり縮んだりします。鎌倉のこの場所の湿気に慣れるまで、

そのつどすこしずつ削って調整して、三年目にやっと落ち着きました。

 自然素材とひとくちに言いますが、使うには創る手と手間がかかり、

手入れをする手がいります。お肌のお手入れと共に。

イタリアの風景9 人生のフィールド

今週末の日本シリ-ズ。飲み会の行方とともにとても楽しみです。

元野球小僧。現野球中年には、フィールドというよりグラウンドもしくは校庭と言った

気分が近いのですが、ともあれ思いを馳せる、憧れの舞台(フィールド)であります。

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 さて、ローマのフィールド。コロッセオ。円形競技場の中に佇むと、そのスケール感に

しばし、ぼーっとしていました。木で出来た家の、紙で出来た障子の家に住む国から

この中に来ると、違う世界にいることを感じます。熱狂という歓声は、聴こえませんが、

時間に耐えた力は、その場所にありました。昔の人も、その時代なりに、普通に暮らして

いたのだと思いますが、このフィールドに立っていた人たちの、気持ちのあり方。

どんなものだったか、時間や感覚が、あまりに遠すぎて、想像することは出来ません。

 同じ人間の人生というフィールド。ささやかなものでも、自分の足ですっくと立って

いたいものです。「フィールド・オブ・ドリームス」は、永遠に。

イタリアの風景8

なんとかと煙は高いところへ昇る、の言葉とおり、かのフィレンツェのドゥオモの

てっぺんへ。狭い空間のなか、螺旋を描いて、息を切らせながら昇りました。

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 階段の途中、壁に穿たれた窓から、市庁舎の塔を垣間見ながら

とぼとぼと昇ること。屋上に出ると、遠くまで見渡せる街並みに、

視線を伸ばし、ふと眼下を見やると↓

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ドームの赤瓦に繋がる、街並みの屋根が続いています。

 どこをみても、絵になる街の良さ、よくわかります。

カラダを使って、高いところから見ると、より記憶に残ってくれました。

 古いものを、意識して残す意志。本当の遺産は、人が住んで生活してこそ

流れる時の中に、残るものですね。

ココロのローテイション

週末のハロウィン。日本シリーズの開幕とともに、大学時代の友人との飲み会も開幕です。

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 明日から、一週間、現場に出っぱなし。人に呼ばれて、出ずっぱりの売れっ子役者の

ように、「なんでもこい!」とテンション上げて行きます。

 先日読んだある本に、「ベンジャミン・フランクリンの13徳」というアイデアが

ありました。自分の大事にしたい13の徳を決めて、一週間ずつ実践を重ねていくというもの

で、13×4週でちょうど一年間になるというものです。

 13のテーマ、友人や仕事についてに始まって、人それぞれ様々なテーマが

考えられると思います。いわば、週代わりで、身の周りのことに目を向けて、

豊かにしていく。実践を重ねていくことが、豊かさを生み出していく。

 豊かな考え方、教わりました。自分なりの週代わりローテイションを、

いつもココロに置いて、行ってきます。

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 散歩道にまた一つ、豊かなサインが!木で出来た、葡萄の房。

自分のローテには  もありです。

クリスマスのチケット

昨夜からの雨は止んで、ご機嫌斜めの空が、泣き出す前に海へ向かいます。

どんよりした朝、冬の気配がだんだんと濃くなってきました。

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 今週末のハロウィンが過ぎると11月。クリスマスへ向けて街中が

モードを変えていきます。鍋とかを囲むことも、多くなりそうです。

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 昨日、歐林洞に吉田美奈子さんのクリスマスライブのチケットを買いに行きました。

今年は、いつもの倉田信雄さんのピアノに代わって、河合代介さんのハモンドオルガン。

倉田さんの素晴しいピアノもいいけれど、オルガンの響きが、聖なる夜には合うと思います。

 美奈子さんの歌は、存在そのものです。稚拙な私の言葉では、言い表せない歌。

カラダという楽器が、鳴り響く夜。河合さんのオルガンの音色と共に、今からとても

とても楽しみにしています。

 秋の夜長には、やはりヴォーカル。達郎さんのオンストと美奈子さんのBELLS

毎年、秋の定番です。「毎日が祈りときらめき。だから心こめてクリスマスツリーに飾ろう。」

充実と堅実の季節

すこし曇りがちな朝ですが、すっきりと目覚めゆったりと始められました。

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 今日は、午後打合せがあります。初めてお会いする方、訪ねる場所、

すこし人見知りをする性格が、こういう時に顔を出します。

 自営業は、文字通り自分で営業するもの。本来、自分を押し出して進む時に、

すこし立ち止まることもあります。でも、友人が言うには「押し出しが強い」。

 どうやら、自分の思う性格と、人の目に映る姿は違うようです。

こういう時は、何事も前向きな性格で、人見知りを、控えめや落ち着きや冷静に変換し、

相手の話を、隅々までよく聴くことに、まっすぐ向かうことにします。

 おりしも、もうすぐハロウィン。秋の収穫祭は、日頃の行いが、ココロとカラダに

充実をもたらした結果、迎えられるものだと思います。堅実にやってきたことは、

形を変えて、向こうからやって来てくれるもののようです。

 秋の一日、打合せの後の 格別です。(また、朝から)

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我思うゆえに仕事あり

犬の面倒見をすること、と設計の仕事、共通点は手間がかかることです。

 建物は、たとえ小さなものであっても、規模に関係なく、考える時間を必要とします。

もし、リフォームで、手摺を一つ付けるとしても、使い勝手から、どこの位置、高さに

どんな握りの、どんな材質で。と、既製品を使わなければ、一から考えることは、

たくさんあります。世の中、「ああすれば、こうなる」以外のことをするには、

出来上がった考えがあるとしたら、一度ちゃらにして始める以外ありません。

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 一度、身に付いたことを、捨てるには「決める」ことが必要です。

手持ちの駒を、生かすも殺すも、ちいさな決めることの繰り返し。

 犬は、こうしても、ああはならない自然です。設計にも、いくらよく考えても、

予想と違う場面が出てきます。こうなる、というレベルを上げていくのは、

こうしたい、こうしようという考えがいるのでした。

 犬の相手も仕事も、毎日の繰り返し。工夫次第で、いかようにでも、面白くなります。

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 口元に、ヨダレが。。。。。。

ウインドウズとウルトラセブン

わがパソコン、いまだXPですが、vistaを通り越してセブンの発売だそうです。

仕事で使うのに、それほど不自由はないので、しばらくこのままだと思います。

切り替えて、わずらわしい思いをするより、そもそもの頭の中身をバージョンアップする

ことが求められていました。初代ウルトラマン世代としては、ウルトラセブンで止まっている

成長を、すこしずつ伸ばす努力をしていきたいものです。

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 いつもと違う、はじめての街を訪れると、意外な風景に出会います。

刈り入れの終わった田んぼと家が点在する街。ある道端の家裏に、小川がありました。

おしどり夫婦が、仲良く毛づくろい。のどかな水曜日の午後でした。

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 今朝、海から沖合いを眺めると、鳥の姿の雲が浮かんでおりました。

鳥の視点で、大空から考えなさいという暗示なのかも。そういえば、すこし考え方が

小さくなっていた気がします。「おおきな考え」を、また今日から。

秋の歩み

昨日の夏日とは変わって、ひんやりとした、清々しい朝になりました。

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 現場に出ていると、一日の流れる時間を、カラダで感じることが出来ます。

頭とカラダが、同期して同じ方向に動いて進んでいく。「前向き」というのは、

こういう自然な状態のことをいうのかもしれません。足元の犬も、前にぐんぐん進んで

行きます。朝の光りに照らされながら、よどみなく歩けた朝でした。

 砂浜で、寄せては返す波を見ていると、些細なことは思い浮かびません。

毎日は、雑事の流れで過ぎていきます。出来るだけ、「雑」を遠ざけて、

丁寧を心がけて。今日も、いいお天気で、ご機嫌よう。

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ぞんざいにしない、存在

子供たちの、ゲームの世界では、頻繁に「死ね」「死んだ」を口にします。

以前は、簡単に言えるはずのない言葉の数々。聴こえるたび、なんでだろうと立ち止まる。

そんなことが、多くなってきました。

 使う言葉を、一番よく聴いているのは、自分自身のはずなのですが、

そういう感覚が、すこしずつ麻痺してきているかのようです。

 ぞんざいな言葉、自分のところから、出さないためには、一度「死んで」みるしかない

のかもしれません。確かなものがない時代、と言われますが、そんなものがあった時代は

ありませんでした。確かに「ある」とわかるものは、自分たちの存在だけ。

 相手の存在を大事にするのは、言葉を選ぶのと、同じように思います。

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秋晴れ週間

お天気屋の設計屋にとって、秋の青空は生ビールと同じように?うれしいものです。

 月曜のスタートから、ビールという単語が出るのも、上機嫌の証として、捉えて下さい。

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 ここのところ読んだ本の中に、感情は変えられるものだとありました。

上がったり下がったりする毎日の気持ちが「感情」であるなら、変えることが

出来ると思うだけで、違う考え方を得たように思えます。

 出来るだけ、ココロにもいいお天気を。よい、一週間でありますように。行って来ます。

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日々是マイペース

三日間、現場へ調査へ出かけ、また明日から現場に出かけます。

普段の机仕事と違って、やはりカラダはくたびれますが、心地よいものです。

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 現場に出ると、夕方の犬散歩をパスすることもあるので、今朝はすこし長めに

寄り道をしました。いつもと違う道に出会うと、犬はいそいそ感が増します。

「なんだ、なんだ」とでも言っているような、横姿でした。

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 デザインの世界では、オリジナリティーが求められます。が、まったくのオリジナルなんて

ものは存在しないと思います。人はそれぞれ、何かからインスピレーションを受けて、

それをかたちづくる生き物だから。個人の独自性は、生きるペースに現れるものです。

 生き急ごうが、のほほんとしようが、すべて個性です。無理に流行など追わなくても、

万人に与えられているマイペース。時間は、いつも等価でした。

 歩みをすこしゆっくりと、寄り道しても、同じように時は流れていくもの。

季節も、時間を味わえる深さになってきました。

大勢の人の手を経て

 日本の家は、数万点におよぶ部品から、成り立っています。

私たち、設計者が創る家々は、住まい手の個性に寄り添うように合わせたものです。

既製品のオンパレードのような、建売住宅とは、すこし様子が違って、予算の上手なやりくり

で、より風合いのある材料をなるたけ使います。使うのに、職人さんの腕、技量を要求する、

素材も多いことになります。よい職人さん集団というのは、たとえば現場作業の前に一度、

材料を運び入れるついでに下見をして、次の日の仕事の段取りや進行を考えて行きます。

 この広さだったら、午前中にここまで仕上がるな、など、「読み」が的確です。

腕の立つ人に共通するのは、段取りがうまく、仕事が早いこと。己の技量のある人という

のは、その技術のレベルを自分でよく把握しています。相対的に相手の技量もよく判る、

ゆえに、人に任すことも、だから出来る。(設計屋の力量もです。ドキッ)

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 上の写真は、とある家の、月桃紙(げっとうし)を、天井、壁に貼る作業を始めたところ。

紙の裏に塗ったのりが、乾かないうちに、丁度よいタイミングで貼っていきます。

三人で息を合わせて、「もうすこし手前」「ちょい、戻して」なにせ、できるだけ継ぎ目のない

ように、かつ綺麗に仕上がるように、材料にも時間にも無駄がなく、そして楽なように。

 昔から手間のかかる仕事を、どれだけ楽に、手早く、よく仕上げるか、にいい職人さんは

よりました。てきぱきと仕事をこなす職人さんたちは、見ていて飽きません。(失礼!)

「見世物じゃねーや」と、声がしましたね。

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 仕上がった現場には、職人さんたちの手の痕跡は残りません。

が、棟梁をはじめとして、働いた人々の手のぬくもりは、光りを受けてやわらかく

そして静かに、その場所にありました。腕で負けないよう、設計屋も精進します。

見上げる光り

イタリアでは、あちらこちらの街で、教会を訪ねました。街は、教会を中心に成り立っている

ことが多いので、捜す事も無く行き当たります。ふらりと入って、ふと佇む。

 日本の木の建築ではない、厚い壁で作られた祈りの空間。薄暗い空間には、

色鮮やかなステンドグラス越しに、光りが入ってきます。

 静謐な空間の闇の中で、この光りを感じつつ、聖歌を聴いていると、天上の神様は

いても不思議はないなあ、と思えてきます。八百万の神様の国に生まれて、信心深くはなく

とも、そう思えるように、教会という空間は創られているのでしょう。

 光りは闇があるからこそ、光り輝くことを昔の人たちは、よく知っていたようです。

日本の家も、断熱や環境への意識から、壁が厚くなってきました。

これからの家にふさわしい、落ち着いた光り。創られかたも変わっていくことと思います。

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雨が降らず、現場日和が続いてくれることが、なにより有り難いことです。

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 ヴェニスの街は、雨模様が似合います。松杭の上に建つ、沈み行く街の退廃的な感じが

そう思わせるのでしょうか。ツーリスト御用達のゴンドラに乗り、迷路のような運河を

進んでいくと、イタリアらしい、スタッコの塗り壁の色や、様々な模様が目に映ります。

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 街の半分以上が浸水する高潮が、年に二回ぐらいあるヴェニス。

人口は、この50年間で15万人から6万人になり、2100万人の観光客を受け入れる街は

暮らしにくさから、住民が出て行き、段々と、住めない街になっていくようです。

 翳り行く街、今度訪ねる時は、水没していませぬように。

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現場に出ると、お腹が減って困ります。この秋も、イタリアご飯と仲良く。

やりくりして、折り合いをつける

空には三日月、東の空には朝焼け、一段と秋が深まってきました。

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 先週末、一日、数時間ずつ仕事を進めていたおかげで、また明日から

ゆったりと現場に出ることが出来ます。その昔は、手書きの図面が普通でした。

白紙のトレーシングペーパーに、レイアウトをして、一から書き始める。

それが、いまではパソコンの上で、データを並び替えることから、四から五ぐらいから

始める感じでしょうか。その分、余裕を持って、事に当たれます。

 今までの、時間という蓄積で、手持ちの駒が増えているように思います。

自営の場合、時間をやりくりして、うまく折り合いをつけていくこと、以外ありません。

 日々、季節と同じように移り変わる気持ちを、穏やかにするのは、

仕事がスムーズに動いていくからこそです。自分に合った進め方、これからも

すこしずつ更新しながら、前を向いていきまっす。

自分のところで、止めない

今週も、秋晴れが続いて、心地よい季節と暮らしていけます。

毎日、夕方になるとトビが空に輪を書いて飛んでいます。この季節、いい風が吹いて

とても気持ちがよさそう。こちらも、気持ちを遠くへ伸ばしていきたいものです。

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 気功家の望月勇さんが、五木寛之さんとの対談本の中で、

人の体を川の流れにたとえて、川幅は変わらなくても、流れをきれいにすることは

出来る。と言われていました。気の流れ、自分の中だけで考えず、もっともっと大きな

自然の流れを想って、自分のところで、いい気の流れを堰き止めないように

したいものです。雲の流れとおなじように。

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何もしないをする一日

この連休は、台風一過のお陰で、空気が澄んで、気持ち良過ぎの日々が続きます。

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 海の青と空の蒼さのコントラスト、しばし砂浜に腰掛けて眺めていました。

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 設計の仕事は、かたちにするデザインのことと思われていますが、

何かを「しない」仕事でもあります。例えば、住宅のリビングを考える時、

「何もしない」でいる姿を思い浮かべることから始めたりします。

 大きめのソファに、カラダを預けて、見るとも無く外を見る。そのとき、

どっちを向いて、どんな窓から、なにが見えるか、見たいかなど。

 なにもかたちを考えなくても、自然に方向性が「見えて」くることがあります。

現代では、日々効率とか成果とか時間に追われ、何もしないでいるのが

おかしいような社会です。せめて、休日の家の中で、「何もしない」を意識して「する」

時間を、わたしたちは大切に持つべきと思います。

 そのための、場所。犬の後ろにもありましたとさ。

いつもココロに水平線

冷え込みがすこし強い朝、くっきりとして気持ちの良い秋の空と月です。

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 「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」のメロディーが、浮かんできて、口笛を吹きながら歩く

秋晴れの朝となりました。文句ない、文句ないよ、といいつつの帰り道も空を見上げながら。

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 以前に、水平思考という考え方がよく言われていたことがありました。

周囲を良く見て、フラットに考える。タテ割り社会に対しての、考え方だったように

思います。この前にも、KY「空気を読めない」がありました。

 この二つ、似ているようで違うと思っています。空気を読め、ということは、

廻りに合わせて、同調して、波風たてるなよ、ということが、言外にあるように思えます。

 一方、水平に考えること、はまず、廻りをよく見渡すことが、第一にあります。

身の周りを、静かによくよく見てみれば、おのずと答えが浮かんでくるような考え。

 ここ数年、MM「廻りが見えてない」人が、増えているように思えます、自分を含めて。

若いひとより、リタイアされた方々の集団に、その感じが強いのは気のせいでしょうか。

 休日の鎌倉は、気持ちよく自転車で走れる環境には、ありません。

ただでさえ、段差の多い道に、車と人の波。世界遺産を目指すならば、まず

廻りという、今の現実をよく見て、よく読みとってから、始めようと思います。

 自分の水平感覚を、いつも意識して周りを見ていると、空と大地のタテつながりの間に、

立っている感じがしてきます。足元に、右往左往する犬をかかえていると、

よくよく周りに気を配る感覚に目覚めます。本来、そういう感覚で、今まで来たのが

日本人だったのかな。秋の日の、たわごとでした。よい、一日を。

遡る季節 過ごす季節

台風が、たくさんの漂流物を置き去りにして、通り過ぎて行きました。

遠く大島が浮かんでいる今朝、冬の気配の雲と空が広がっています。

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 この季節は、街のあちこちから、金木犀の香りが運ばれてきます。

中国では「桂花」といい、トンコツラーメンのお店も「桂花」

どうやら、違う香りの連想をしてしまう連休のようです。

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 先日、現場に出た日のお昼、立ち寄ったショッピングモール。

空き時間に、仕事場のおやつ探しに百円ショップをのぞくと

「ライオネスコーヒーキャンディ」がありました。

となりには、ジェリービーンズ!オレンジ、ピンク、グリーンが踊ってます。

すかさず、手に取りレジへ。しばし、縞栗鼠のCMを思い出してタイムスリップ。

 「ライオネス~」と唄えるかたは、きっと年齢も近いと思います。

毎年、巡り来る季節の、金木犀の香り。昔のお菓子の匂いにも、季節を

遡ることがありました。枯れ葉が、舞い落ちる鎌倉の谷戸にも、

金木犀の香り、秋の葉の香りが、心地よく流れていく季節です。

幸せのなる場所

寒露という、静かな響きの言葉が、台風の強風に吹き飛ばされた昨日でした。

集合場所へ向かうのに、2時間前に出ました。いつもなら、4~50分のところ、やっぱり

1時間半。他のメンバーは、駅で1時間停車。結局、相手先には、30分遅れで到着。

 時折、晴れ間がのぞく中、ただただ強い風に負ける、痛勤時間でした。

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 人のココロは待つことを厭いませんが、自然の営みは待ってはくれません。

遠い昔、時計やネットなどがない時代に、毎日手入れをして、作物を育てていた人々は

どんな時間の流れを感じていたのでしょう。きっと、なにも文句は言わずに、黙って

出来ることはして、なるにまかせていたと思います。

 実がなる。秋穂が実る。なるべくして、なる。そういう、幸せを捜してみよう。

本当はみんなに見えている「見えなくなった」場所を。

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 小町通りの主、アキラ。幸せな場所で、朝を迎えていました。

気を 味方に

五木寛之さんと望月勇さんの対談本「気の発見」を読み終えました。

タイトル通り、様々な発見がありました。人それぞれ、オリジナルの気の流れ。

良くも悪くも、流れに逆らわないことが肝要のようです。

 お天気が台風でも、気の持ちようで、やり過ごすことが出来ます。

元気がでなくとも、元気は元の気、源の気でもあるようです。力を抜くことや緩めること。

筋力を鍛えることより、しなやかさを鍛える。自分なりに、心地よい「痛気持ちよい」

気の流れを良くするべく、いい呼吸を意識して、いこうと思います。

 無事、現場にたどり着けますように。

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現場出続き

台風が近づく中、現場の連戦4日の3日目。毎日、腰痛をこらえつつ出かけております。

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 陽射しが恋しいので、せめて写真だけでも蒼い空と朝日を。

風邪気味でも、人の役に立っていれば、報われるものですから。

週末の連休を目指して、雨にも負けず今日も出かけてきます。

煩音の問題

音楽のハーモニーで、和音のコードに半音や、何度かずらした音を加えると独特の響きに

なって、面白くなります。テンション(張り)を与えるのですが、煩音(はんおん)の問題は、

別の緊張(テンション)を生んでいるようです。昨夜のクローズアップ現代で、煩わしい音の

問題が取り上げられていました。騒音のように大きな音ではなく、たとえ小さな音でも

気になる煩音。主に、公園でのおしゃべり、子供の声、ボールの跳ねる音、ラジオ体操の音

公園に私語禁止の看板が立つ、世の中。子供の騒々しさを、許容できない世界が

今の日本の現実のようです。おりしも、「耳で考える」「声の秘密」といった音にまつわる本を

手元においていたので、つい考えてしまいました。パソコンやゲーム、CGの映像が

溢れる世の中で、視覚偏重の歪みやストレスが、目に見えない音に、イライラとする

社会につながっているのでしょうか?目と口の悪い設計屋として、メガネをはずして

すこしぼやけた世の中で、いい音楽と耳の物語、すこしばかり偏重してみようと思います。

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 人は電車の音のなかでも、聴こえている音を意識せず、本を読むことが出来ます。

そういう能力より、自然で強力な「耳力」を持つ、犬には、この世の煩音問題は、

どのように聴こえているのでしょう?一度、ぜひ「訊いて」みたいものです。

「お手」「おかわり」「まて」「ふせ」「おさんぽ」「おやつ」「ごはん」以外の音は、いかに?

無事万事

恵まれたお天気の中、流鏑馬神事が無事に終わりました。眩しい秋のつかの間の晴れ間

の馬場を、それぞれの個性を持った名馬たちが、駆け抜けていきました。

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 無事これ名馬のたとえ通り、全ての事柄の基本は、何事も無い無事。

馬たちの力強さを間近で見ていると、人馬一体になって、無事に走ることの難しさを

肌で感じることが出来ます。日々の暮らしでさえ、穏やかさを失いつつある現代、

昔の人が、無事を祈った意味、静かに考えたい秋になりました。

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中秋の名月

よほど行いが良かったのか、雲の切れ間から、お月様を見ることが出来ました。

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 すぐに姿を隠してしまいましたが、今宵は一回限り。ありがたく見上げていました。

台風が二つに秋雨前線が近づく、そんな中、今日は静かに晴れてくれました。

今年二回目の流鏑馬も、朝から順調に練習をこなして、いい一日になりそうです。

 この秋は、商売繁盛。でも、出来るだけ時間を作り、自分畑に種をまくことを日課に

永い目をもって、いい秋にしたいと願います。

 昨夜、お月見をしにヤモリくんが顔を出しました。家を守る、とも言われるヤモリ。

気の済むまで、一緒に暮らしましょう。どうぞ、よろしく。

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海辺のまちの 風の中

季節が、ひとつきほど戻ったような蒸し暑さの中、山辺から海辺へ向かいました。

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お天気は往ったり来たり、気まぐれで、十五夜も隠れそうな今日です。

 強い南風の中、砂浜に佇んでいると、風と波の音しか聞こえません。

日々の些細なことなど、どこかへ吹き飛ばしてくれて、新鮮な気分を与えてもらいます。

つくづく海辺のまちは、ありがたい。自分の居場所は、暮らしのスタンスや仕事の立ち位置

を、より確かなものにしてくれます。そこから、どこへでも行ける場所は、ココロの拠点でも

ありますね。季節や気持ちは、刻々と移り変わっていきますが、ココロの在り処は

ここにある。安心な場所が、ただひとつあれば、なんでも出来そうな気持ちになれます。

 秋は、ただ静かに深みをまして進んでいきます。小さな秋のひとつ一つを大切に。

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歩いては 犬に教えられ

秋雨前線と仲良くする週末となりました。予報より降り出しが早く、濡れ散歩になりました。

 足元の犬は、真の自然体で前向きペースを崩しません。振り返りつつも、前向きに

歩き出します。同じペースで並んで歩けば、リラックスが一緒についてきました。

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 外に出ると、雨降りの日には、花々が生き生きとして色鮮やかに見えます。

八幡様の杜も、雨と木々の呼吸する香りが立ち込めていて、雨音しか聴こえません。

傘をさしつつ歩く雨の日。いつもと違うリズムで歩くと、晴れた日には感じないモードに

入ります。おのずと、仕事もスローペース。手馴れたルーティンワークでさえ、見方を

変えれば、毎日新鮮です。そう思えることが、かけがえの無い自分の財産。

 効率や利益の追求より、実感や確信を得る仕事でありますように。よい、週末を。

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望むひと 望まれるひと

今日は、雨も上がりいよいよ10月のはじまりです。大きな地震が立て続けに起きて

いますが、こういう時、心配をしてもしょうがないので、一日一日を充実して過ごすとします。

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 火山が多く、地震などの災害が古来から続く日本では、「なる」という言葉が多いそうです。

成せばなる。なるようになる。うつむいていても、同じように朝が来て、あっという間に一日は

過ぎていきます。ならば、こうなりたいと思い描く姿、望む姿にすこしずつでも向かうのが、

自然であろうと考えます。望む姿というのは、いつの間にか、なるもののようです。

 ひとから、望まれるひとというのは、先に自分の望む姿に向かう姿勢を持っているように。

なす術が無いように思えても、動き出せば、自然と景色が変わります。

 なりたい人の姿には、なるべくして成る。秋に、実が生るように。

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