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ぞんざいにしない、存在

子供たちの、ゲームの世界では、頻繁に「死ね」「死んだ」を口にします。

以前は、簡単に言えるはずのない言葉の数々。聴こえるたび、なんでだろうと立ち止まる。

そんなことが、多くなってきました。

 使う言葉を、一番よく聴いているのは、自分自身のはずなのですが、

そういう感覚が、すこしずつ麻痺してきているかのようです。

 ぞんざいな言葉、自分のところから、出さないためには、一度「死んで」みるしかない

のかもしれません。確かなものがない時代、と言われますが、そんなものがあった時代は

ありませんでした。確かに「ある」とわかるものは、自分たちの存在だけ。

 相手の存在を大事にするのは、言葉を選ぶのと、同じように思います。

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