« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »
夕べからの雨、音をたてて降り続く朝です。子供たちの通学、びっしょりになりそうで
「痛学」になりませぬように。迷犬も散歩おあずけで、途方に暮れてしょんぼりしています。
事業仕分けの第二弾が始まっていますが、庶民の感覚とは程遠い、予算の
どんぶり勘定と浪費。公益とは呼べず、私益法人と呼んだほうがいい組織が多いようです。
「名は体を表す」不必要に長い、公益法人の名前、事業の名称、それぞれの肩書き、
それらは、既に「無駄」を表出しているように思えました。
住まいの設計は、生活に密接にかかわる仕事です。また、建築は美の要素、デザインの
分野から、総合芸術と捉える人もいます。呼び名や捉え方はともかく、設計の仕事は、
ここからは、出来ない、やらないとかの、仕分けが簡単には出来ないものです。
日頃の、自主的なお勉強、特に建築や美術書は値段が張るし、いい建物を見て眼を
肥すにもかかります。時には、海外!へ自費!こういう個人の事業仕分け、きっぱりと
明朗会計が出来たなら。弱小設計事務所の事業主としては、子供手当てのお知らせに
目線が向かう、大雨の水曜日です。雨上がりの、晴天を![]()
池田晶子さんの本「リマーク」に綴られた、思いを超えた「考え」。人が常々、思うことを
より「自分で考える」こと。今度の連休は、すこし自分の足元を見つめなおす日にしようと
考えています。こうしよう、ああしよう、と思うのは、いつでも出来ますが、時間を取って
「考える」ことは、簡単ではありません。切羽詰る環境に、自分を追い込むことは
恵まれた環境にいる私には、「考え方」の殻を自分で壊すしかない。ひとつところに
安住するのは、心地よく、安心で、楽ですが、それでは、現状維持でしかないと思います。
この時代、現状のままということは、なにもせず下がることを意味します。
自らの手の内を見つめ、使える「考え」を、「本当の考え」にすること。
ひとりの人間に出来うること、はそう多くはありませんが、「成すべきこと」というのは、
目の前には、数多く存在します。その存在を、より確かなものとして、捉え、見据えて、
「考える」。本当に考えるひと、になれるよう、ひとつひとつ誠実に、働きつつ。
歩みを進めるひと、の歩く日向の彼方には、先人たちが待っています。
連休は、こういう奴↓の面倒を見ることも、ミッションではあります。トホホ。
朝の気温が、一桁台で五日以上続いたのは、1975年以来だそうで、子供の頃には
こんな寒さがあったのかとも思う今日です。文字通り、肌寒いこと、もうすぐGWです。
週末に、頼んだ新しいデジカメが届きました。今度はリコーのCX-3にしました。
いかにもカメラという四角い黒ボデイ。男は形からはいるようです。
まだオートでしか撮っていませんが、なかなかきれいで楽しみです。
大きなサイズの画像、アップするには容量オーバーで、リサイズして載せますね。
試し撮りに、迷犬を選んだら、最初の被写体に犬?と家人に笑われておりました。
仕事で使うので、これでいいのだ。とわけのわからない理由で、GWに向けて
よりよく働きます。GO!![]()
![]()
昨日の東京ドームの試合は、記憶に残る一戦でした。お隣のご夫婦も観戦に出かけられた
夕べの試合。木村拓也さんの追悼試合という意味合い以上の「魂」のこもった内容でした。
満塁弾を放った谷選手は木村さんと同い年。公式戦初めての満塁ホームランが、あの場面
で打てるすごさは、日々の努力あってのものだと思います。選手全員の気持ちが入った
「残る」試合、今年はとても多く見られるように思います。スポーツ新聞を、お隣と二軒分
買う日が増えそうです。![]()
液晶画面が壊れても、ココロのファインダーで写すことが出来ました。
いつもより、よく撮れて!ます。挟まった黄色いテニスボールが、青空に映えている、
よいお天気の休日です。今日も、よい一日であるように。よい試合も![]()
![]()
雨の降り出しに間に合って、待ちかねた迷犬を連れ出して、由比ガ浜へ。
うれしそうに足元をぐるぐると駆け回る犬と、静かに佇む朝の海です。
先日、デジカメを不注意で落っことし、以来画面が出ません。
フレーミングどころか、どの程度写るのか、何も解りませんのでした。
そこで、心眼。念じてみると、撮れることは撮れますね。
でも、本来の心眼は、審美眼に通じるはず。そういう次元のココロのまなざし。
眼に映るもの、すべてを覚えられぬものならば、一日の日常のひとコマぐらい
確かにココロの眼でとらえてみよう。
目利きになるには、よい物を見続けることしかない、とはよく聞きます。
性能とは違う、眼の力を、すこしでも、鍛えて、デジカメも買い換えるとしますか。![]()
住宅の設計コンペ、満足のいくものが出来上がったので、〆切り前に提出しました。
今回は、以前から温めていたテーマが基本になっています。
それは、大工さんが使う差し矩さしがねです。さしがねの「矩」かねは直角のこと。
建築の基本はすべてこの「かね」直角からはじまりますが、今回は底辺を三、高さを四
とする直角三角形の斜辺が五になる、という「三・四・五」さ・し・ごを使って考えました。
三尺およそ90センチを基本単位とする日本の家。六畳では九尺かける十二尺これを
さ・し・ごにすると2.7メートルかける3.6メートルで、その斜辺が4.5メートルになります。
今回の計画する敷地は、ほぼ長方形だったのですが、方位が南西に振れていたことから、
日当たりを満足させるため、斜めの軸線が欲しかったのです。そこで、プランの考え方の
中心に、この「さ・し・ご」が登場したのでした。敷地と方位の関係から「発見」したと
言ってもいいと思います。こういう考え方の芯が見つかった時の「やったー!」感は、
電球がパッと点いた感じですね。この三角形が見つかったので、あとはこのパターンに
住宅のプランを乗せていく。物語の本筋が見えたので、そこに要望される部屋や水廻り、
収納や吹き抜け、階段、ガレージなどを落とし込んでいくと、一軒の家が出来上がりました。
当初のイメージを具体的な寸法にしていくと、うまく納まらないところが出てくるものですが、
最初の「さ・し・ご」の筋がしっかりしていたので、迷ったら最初のイメージに戻ることで、
首尾一貫してまとめることが出来ました。こういう時は、まさに時間を忘れて仕事してます。
一生のうち、時間を忘れて仕事に没頭できること。持てる人は、そう多くいないと思います。
恵まれた環境に、改めて感謝して、また次の挑戦を、楽しみます。
散歩に出てしばらくして、眼鏡をかけ忘れていたことに気づきました。
乱視、近眼、そして老眼、外の世界がぼやけています。けれど、ちょっとピンボケぐらいで
ちょうどよいのかもしれません。本当に必要なことは、目を凝らすものですしね。
何事もそうだと思いますが、手を抜くことは簡単です。それに対して、力を抜くことは
とても難しい。凡人は、つい思い入れと一緒に力を込めてしまいます。それが、仕事相手に
とっては、トゥーマッチになったりして。ほどよい、落しどころをさがすには、
力を抜いて、平常心と自然体。このふたつも、難しいから、人はテーマにするのですね。
舞台に戻ってきた、北島康介選手の姿を見て、手抜きせず、力を抜くチカラを
得たい、今日この頃です。
表現を抑えることで、本質を浮かび上がらせることが出来たらいいな。
スペインの南部、アンダルシア地方のちいさな都市、グラナダにあるアルハンブラ宮殿は、
その美しさゆえ、破壊をまぬがれて、イスラムの文化を今に残しています。
裁きの門をくぐり、カルロス一世宮殿の円柱の並んだ中庭を抜けると、
コマレスの中庭に出ます。その明るさに出会う手前、右側に控えの間のような
アーチの場に立つと、厚い壁越しに光りが差し込んでいました。
暗殺が数限りなく繰り返された時代から、この光りは床を照らしていたのかもしれません。
この写真は、スペインの旅で一番印象に残ったものです。
その闇を抜けると、コマレスの中庭。正面には、玉座の間を内包するコマレスの塔。
そして、その中庭の両側には、王の四人!の正妻の住居がありました。
その住居、1階が夏の、2階が冬の生活の場だったそうで、
きれいな透かし彫りのアーチごしに、中庭の水のきらめきが映る窓があります。
偶像表現をしないイスラム文化がもたらした、華麗な装飾の世界。
設計屋の立場でなくとも、学ぶことの多い、光りと影の世界があります。
花霞、南風が強く吹き抜けて、雲が湧き上がる由比ガ浜。トンビがすーっと
気持ちよく横切って飛び立ちました。
昨日のラジオで、今日からの新年度、なにか変わったことを始めますか、
の問いかけに、七割ぐらいの人が「なにも変わらない」との答え。
わたしたちも、同じようなものです。ただ、アタマではそう思っていても、
季節が移り変わるように、いつのまにか変わっているのがカラダです。
暖かくなって、カラダがよく動き出すと、アタマも自然と廻りだすように、
今日という一日から、また新たによい一年を。
先が見えないと時代にいうより、自分の目先ぐらいは見つめていこうではありませんか。
3Dメガネをかけて、先を見通す、アバター犬でありました。おそまつ。
最近のコメント