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2010年10月

変わらぬ日常の歩幅

なんだかとても久しぶりに空の蒼を見上げたように思います。

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 昨日の横殴りの雨が信じられないほど、引き潮の海は穏やかで水鏡でした。

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 一日、散歩をおあずけの犬も、今朝は大喜びで浜駆け回り。

平和な秋の一ページがはじまりました。

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 毎日同じような、暮らしぶりですが、目にする風景は違っています。

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 同じ引き潮の水鏡でも、おとといはモノトーンでした。

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 犬の足跡さえも、妙に揃って見える日もあります。

移り変わる日常の、変わり映えしないスタンスの生活ですが、

自然な歩幅であれば、それが一番自分らしいと思います。

 フツーなことほど、失くせば不自由になるものかもしれません。

なるたけ、寄り道も、自分の歩幅で行きたいものです。よい、ハロウィーンを。

送り迎えの日々

台風が北上する今朝、土砂降りの中、待ちかねてヒンヒン!言っている犬を連れ出し、

びしょぬれになって帰宅。足元の小僧犬は、体をプルプルすれば、おしまい。

こちらは、あちこち拭いたり片付けたり着替えたり。朝から、仕事より慌しい休日です。

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 一週間前の海は、とても気持ちのよい秋風が吹いていました。

以来、ぐずついている今年の秋は、急に寒くなって冬の気配です。

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 昨日、父が退院して、迎えに行ってきました。ここのところ、かつてないほどの

送り迎えの日々。今日はこれから、法事へ。雨のドライブは気を遣いますが、

台風には逆らえないので、早めに余裕を持って出かけて参ります。

 秋晴れの日を、心待ちにするハロウィーンイブの朝でした。

変わらぬ音、伸びる声

まだアタマの中でライブの音が鳴っています。昨日出た現場でも、フレーズを思い返して

時にボーっとして、車の外を降りしきる雨を眺めていました。

Chi

 以前の手帳に挟んであった、山下達郎さんのライブチケット。当時は、今のように

味気ない切符のような、チケットではなくて、ツアー毎、デザインされたものでした。

 アルバム「FOR YOU」の時のツアーは、まだパフォーマンスというがなくて

83’から、いまへ続くPerformanceのタイトルツアーになったようですね。

 高校の時に聴き始めて、かれこれ三十年。当時「ライド・オン・タイム」はカセットテープで

毎日聴いていました。今は、CDから配信に変わって、カセットウオークマンからiPod。

 音楽のメディアが変わっても、当時と同じテレキャスターやジャズベースから

同じ音がライブで鳴っている。「声に体がついていかない。」ほど、伸びやかな歌声。

 ドラムスに小笠原拓海さんが加入して、バンドメンバーが固定されたことで、

ここ数年、毎年あのライブが味わえるのは、この上ない喜びです。

 よい音楽は、一生の宝物になります。

先ゆく人のライブ

神奈川県民ホールで山下達郎ライブを観てきました。3時間半ライブでした。!!

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 デビュー35周年のツアー、35本目のライブ。前回からのバンドメンバーで

より音の抜けがよくなって、いい音でした。まだ、音の余韻が残っていてクラップし過ぎて

手が火照っている朝です。

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 丁度、10才年上の達郎氏。音を紡ぎだす職人として、先ゆく人として、

仕事に対する妥協なき姿勢。これからも、ついて行きます。

風音鳴る朝

木枯らし吹く朝、毛皮を着た足元の犬がうらやましい、冷え込みでした。

朝の空、暗がりの彼方にかすかな光りが見える歩き出し。

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 海に着くと、北風の道に沿って、砂煙が幾筋もたなびいていました。

空を分かつ雲の先には、大島から伊豆までがよく見えています。

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 寒さを増すように、北風の音が聞こえている今日。

今夜は山下達郎さんのライブに出かけます。デビュー35周年のツアーの35本目。

横浜の県民ホールで、今宵鳴り出すブラウンのテレキャスター。

 北風の音が止むと、もう聴こえています。よい、夜を。

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秋の海色

肌寒さと、札幌からの雪の便りがやってきた、秋の真ん中です。

今日の鎌倉は、すこし暖かくなって、秋雨がぱらぱらとそぼ降る朝となりました。

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 女心と秋の空、の言葉とおりに、空模様もコロコロと変わります。

おとといは、燃えるような朝焼け。マジック・アワーでした。

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 燃える東の空と対照的に、南の海は、秋空と海が溶け合うグラデーションです。

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 打ち寄せる波が、うすく光りを宿して、ゆったりと流れていきました。

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 季節が移り変わる秋は、冬よりグレイッシュ。

犬の茶色だけが、砂浜では目立つような、そんなモノトーンです。

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 黄葉紅葉が始まるまで、まだすこし間があるようですし、

身の周りにすこし華やかな色味を増やして、元気にすごしたいものです。

 食卓の上の、秋野菜の色もお供にして。

クレイジー・ラブ

先日ケーブルTVで映画「かもめ食堂」を観ました。北欧フィンランドはヘルシンキで、

小林聡美さん扮する主人公が、日本食レストランを開くお話。その映画に出てくる料理は

フードスタイリストの飯島奈美さんの作る、それはそれはおいしそうな、おにぎりや生姜焼き

ただ、淡々とすすむ映画ですが、お客さんで満席になって、目で食事を味わって幸せになる

そんな余韻の残る佳作です。

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 その映画の、エンディングに流れるのが井上陽水さんの歌う「クレイジー・ラブ」

その昔、山口百恵さんが引退アルバムで歌っていた名曲です。

 映画で聴いて以来、アタマの中でヘビーローテイション。朝の散歩で口ずさむほどだった

ので、アナログLPを引っ張り出して、聴きなおしました。

 仕事机の上にある!ターンテーブルに、80年に出たこの曲を乗せて、しみじみと聴く。

三十年たっても、色褪せていない「クレージー・ラブ」は、狂おしい愛ではなく、

歌いだしの「粋で悲しい」ラブでした。一日、音楽と過ごすのにも、とてもよい季節です。

群馬の森へ

突き抜けるような、秋空に誘われて、群馬の森へと、一人旅をしてきました。

高崎の一つ手前、倉賀野で降りて、巡回バスを待つあいだ、小学校の野球チームの

練習を眺めていました。倉賀野小学校の校庭は、空が大きく見えます。

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 小学生は、まだ動きもゆっくり、ランニングもゆっくり。

なかなか、白球が青空に舞い上がるまではいかないようでしたが、

とてものんびりとした時間をもらいました。

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 「群馬の森」公園。以前訪れたのは、もう四半世紀!!も前の学生時代。

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 あの頃は、建築のいろは、や空の高さ、木々の深さ、など見過ごしていた未熟者でした。

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 さて、お目当ては「白井晟一」展でした。「職人たちが見て感動し、懸命に仕事をする

ような図面を書かなければいけない」と精魂こめて書かれた図面の数々。

手書きの原図を、この目で確かめるために足を運びました。(美術館は磯崎新設計)

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 出来上がった建物の存在感と、書かれた図面の表現や、込められた思想や精神は

同じ密度を持っているような、そんな感じを受けました。

 ひとつ、白井さんの書かれた言葉で、「たとえローコストの住宅であっても、精神を

引き上げるような、ローコストでなければならない。」とありました。

 持つべき、ものづくりに携わるものとしての、精神。その思いを、図面から受け取る

そんな、旅でした。

秋空の中へ

そろそろ秋冬モードに入って、フリースの登場です。風がすこし冷たい朝です。

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 いつも降りる由比ガ浜から、橋を渡って材木座の浜へ。

ダイナミックな秋空の、雲のひろがりを眺めていました。

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 たなびく雲は、大きな秋風の流れを映し出しています。

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 こんな日は、予定を決めずに、秋空の中へ。よい、休日を。

なんでもなく、いってきま

現場出て、腰痛いてて、秋の朝。おそまつ。

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 毎日の気持ちの持ちようを、海の景色が教えてくれます。

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 外に出て、出会う人々が、それぞれ違った、いろいろなことをかかえて働く。

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  秋の日、なんでもない金曜日。さわやか行ってきます。よい、週末を。

乞われる人に

社会に出て、仕事をするようになって、しばらくして、うれしいと感じることがありました。

 それは、予定を聞かれるようになったこと。

仕事を頼まれるようになる。その先に、より尊重してくれて、こちらの都合を聞いてくれて、

仕事を頼む先方が、こちらに合わせて発注してくれるようになったこと。

 そのときは、まだ勤め人だったけれど「ご指名」されることが、うれしかった。

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 そのことは、自営業になって、ひとりになって、より身に沁みてわかるようになりました。

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 人から、乞われること。仕事の依頼は、人の信頼という気持ちを請け負うこと。

「請われる」ことは、「恋われる」ことにも通じるようです。

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 今日、明日は「乞われて」現場に出てきます。よりよい、秋の週末を。

 「実るほど、頭を垂れる、稲穂かな。」

ゆとりろの日

週中、すこしゆったりと過ごせる水曜日、静かな凪ぎの海です。

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 波打ち際、空のグレデーションを水面が映しては、引き潮に消えていきました。

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 昨日は、車で新宿へ。都内の、車、バイク、自転車の多さと、運転の荒さに閉口。

「我先に」と、自分さえよければドライビングが、花盛り??でありました。

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 やはり、ここ鎌倉の時間は、進み方がゆっくりのようです。

都内の、あの殺伐とした風景と、空気。とても暮らせないな。

 でも、都会の夜、酌み交わす一杯の美味しさは、よーく知ってます。

これからの、夜長。気の合う仲間がいれば、たのしい都会でもあります。

 鎌倉でのんびり、東京でごっくり。いいでは、あーりませんか。よい、水曜日を。

技術と精度

ひと・まち・鎌倉ネットワークのメンバーから、モロッコのタイルの写真が送られてきました。

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 色とりどり、かたちもいろいろ、ひとつひとつが微妙に違っていて、表面もでこぼこ。

でも、表情が豊かで、張る手間を抜きにすれば、ぜひ使ってみたいものです。

 日本では、工業化が進んで、焼き物のタイルや瓦も工場で機械で作られるようになって、

寸法や色合いが規格化されて、均一になりました。それゆえに、その材料を使うと、

表情や風合いが均一化して、無表情に感じられます。

 日本の高い技術で作られる日本の家は、ヨーロッパの家具の精度で出来上がります。

が、かえって工業製品をまとった日本の家がつくる街並みは、全国どこでも同じに見えて

味気ないものになってしまいました。

 不均質な、味のある材料や自然の草木、土を活かす技術と精度を持っている日本。

どんなことに対しても、「ひと手間」かけること、時間を織り込むことで、時間に耐えるような

家作りをしたいものですね。世の中を便利にしてゆく技術は、時間を豊かにしていく

ベクトルにも使えるものです。より、深い味わいを醸し出すべく、使う技術と、使う設計を。

徒然なる秋

友人に送るものを作ったり、身の周りを片付けたり、野球を観たりで過ごした休日です。

朝晩の空気がひんやりとして、そろそろ上着がいる季節になりました。

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 ここのところ、すこし気にかかることがあって、すこしココロが傾きをもっています。

なるべく水平飛行をしたいと願う、今日この頃。朝日の美しさを眺めてのスタートです。

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 淡々と過ぎる秋。足元には、これもまたすがすがしい、白い小さな花たち。

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 いろいろなものと関わりながら、徒然に暮らす十月です。よい、一週間を。

すでに鳴っているライブ

心地よく秋風が吹き抜ける、日曜日。汐が引いて広い砂浜が気持ちよいです。

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 ほぼ日で、糸井重里さんが、旅に行こうと決めた時点で、もう旅は始まっているって

言われていました。とても素敵な考え方です。

 旅の行き先のガイドブックを探したり、着ていく服や、かばんやトランクに詰めること。

それも、すべてが「旅」である。私にとって、いまその「旅」にあたるのが山下達郎

Performance 2010です。開演のブザーが鳴り、照明が暗くなるとアカペラが流れ出し、

スパークルのイントロが弾かれ出す。いつもの、その流れがここのところ、アタマで

鳴り出しています。

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 十代から、聴いている「あの音」が、目の前で鳴り出す前から、もうすでに始まっている

達郎「三時間超」ライブの、ライブレポートでした。

理屈、抜き

こういうことを言う自体、そうなのですが、理屈っぽい!!のです。

 女性は感情、男は理屈。時に、自分がウザッたくもなります。

日々、直感で動いているはずが、後付の理由を捜して、くっつける。

贅肉を、わざわざ後追いで付け足しているよう。祖形に戻るべきな、わたしです。

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 この本は、理屈がいりません。ただ、感じて泣く技術。人の力は∞

山根さんは「メタルカラーの時代」もお勧めです。日本のこれから、もこの本を読めばいい。

 理屈は、あとから、いくらでも、です。

華奢か骨太か

建物を考えるとき、重力の存在が関わってきます。ある重さがある家には、ある重さをもった

家具やピアノや人が入ります。そして、それらを支える骨組みが必要となって、雨露をしのぐ

ための屋根も支えることになります。その骨組みは太くすれば、より丈夫になるのは

判りやすいと思いますが、骨太は重くなったり、ごつく見えたりして野暮ったくなります。

反対に、細くすると軽くなって華奢に見えて綺麗だけれど、へなっとして弱くなります。

 骨組みという構造を、ある大きさや太さで、持つか持たないかを計算してくれるのが、

構造屋さん。構造設計者と設計者が、いわばコラボレーションして構造を決めていきます。

 先の耐震偽装の問題は、その後のわたしたちの仕事に負の方向性を残しました。

が、常日頃から正しい議論をしてきていれば、防げた問題であるといえます。

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 さて、デザインするうえで、わたしたち意匠を設計するものは、華奢を嗜好し、

構造設計者は、安全に余力を持たせて、骨太に、を嗜好するものです。

 このことは、写真の障子の姿に例えるとより判りやすいかと。

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 障子のたてよこの桟は、障子紙を張る枠フレームという構造であると同時に、

目に見えて、光りをコントロールして、華奢に見えるという意匠デザインでもありました。

 このたてよこの太さ、間隔、左右天地の幅、高さ、大きさが、空間の光りやバランスを

決定します。このことは、とりもなおさず、構造と意匠、骨太と華奢がせめぎあって、

建物が作られるという、至極まっとうなところに落ち着くのでした。

 華奢か骨太か、スレンダーかぽっちゃりか、女性の好みにも似ていたり?しますね。

私ですか?好みは人によります。はい。

すこしずつの、日々

ここ数日、散歩の途中すれ違ったジープ。お手製?近所の駐車場に停まってました。

原動機付自動車といったとこでしょうか。おもちゃのような、でもれっきとしています。

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 こういうモノをつくるのには、すこしずつ、すこしずつ進むペースにより楽しみがあります。

少年の日、プラモデルや鉄道模型。出来上がる完成形がわかっている「予定調和」でも

なぜかココロは逸るものでしたっけ。仕事で住宅の模型をつくっている私、大人になっても

やってることは変わってないようです。むしろ、熱中していたりして。

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 なにを成すにしても、一足飛びにその場所にはいけない。

すこしずつ、足していくのが、性にもあっているようです。

ものづくりの地平

日々、刻々と様子を変えていく秋の季節。とくに、晴れて明るくなるまでが面白い。

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 昨日の海と今日の海。同じ晴れの日でも、そこに至るまでがまったく違います。

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 今朝は、カモメたちが羽を休めて佇んでいました。

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 水平線を見る朝。ものづくりの地平に立つ、わたしたち設計屋の

小さな考え方を、広げてくれるのが、身の周りの移ろう季節です。よい、週中を。

ヴァーチャルな窓

すこしずつ、すこしずつ、秋らしい感じになってきた、今日この頃です。

お日様が顔をのぞかせるのも、だんだんと低くなってきました。

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 空気がすこしひんやりとする朝、光りの粒子が木々のあいだから、線を引いていました。

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 まだ小学生だったころ、お隣に住んでいた若夫婦に「社会の窓」って、なーに?。

と聞いたことを、なぜか鮮明に覚えています。答えは覚えていないので、今の大人の自分

だったら、どう答えるか、というより小学生が「検索」する世の中になっていました。

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 ほぼ日に「ヴァーチャルな窓」をつけたというコーナーがあります。

「大人」になるというのは、「社会への窓」を持つことかな。

 とりとめのない、火曜日の朝でした。

毎日がゴキゲン休日

10月10日オリジナルの体育の日、降り続いた秋雨がやっと上がって海へ。

ポツリポツリと泣き止まない雨の残りの向こう、ウエットの列が一直線に広がっていました。

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 前日からの強い雨に降り込められた我が家の迷犬。溜め込んだ野性?のエネルギーを

一気に爆発させて、一目散。「おりゃっ、おりゃっ、おりゃー!!」と浜駆け回り。

 掃除で左手の指先に棘さした飼い主の手を、引きちぎらんばかりの疾走を繰り広げて

「ひえーっい」と泣くご主人でした。

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 毎日がスペシャル!!な、犬の休日。日課の夕方の散歩も、マイペースに終えて

さて「ひとっぷろ」浴びるとしゅるか。

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 犬の休日は、飼い主の労働。一年365日、休みのない過酷な労働条件に耐える

奇特な俺と、お犬様の体育の日でした。今日ぐらいは、休ませてくらはい。

和室の秋~「唐長」の唐紙

秋の雨、雨音が強く響く日曜の朝です。降り込められて、読書かな。晴干?雨読。

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 二世帯住宅の我が家、私の両親の側には、和室があります。

畳の敷かれた部屋を「和室」ということにしますと、わかりやすいのでそう書きますね。

 この場所には、床の間、踏み込み、仏壇、神棚、押入れ二箇所と多くの要素があって、

それぞれが納まってあります。和室は基本的にシンプルにあるのが正しい佇まい。

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 その押入れの襖には、京都の「唐長」さんの唐紙が張られてあります。

「唐長」さんは、桂離宮をはじめとする日本建築の唐紙を作られている老舗。

版木には、数多くの柄があって、この柄は「紅葉ちらし」とよばれるもの。

日本の伝統色から選んだ色で摺られていますが、どんな色でも可能だそうです。

 御所などは、金箔や雲母(きら)押しなどという技法が使われていますが、

庶民の家にはこのぐらいが、いい按配だと思います。

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 幅広の場合には、↓のように袖に別の唐紙を張っています。

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 奥深い京都の伝統を、おすそ分けしてもらった「ちいさな秋」。

和室にふさわしい季節の到来です。

明かりと灯り

尊敬する建築家、吉村順三さんは、かつて住まいの照明について、こう言われていました。

 「住まいの灯りは低い方がいい。重心が下がって落ち着きが出る。」

 「天井から照明が下がっていないほうがいいね。京都御所なんて、なにもないから。」

 「照明器具は、目立たないほうがいい。われわれが欲しいのは、光りであって

 照明器具ではないからね。」

 数々の名住宅を作り出した建築家ならではの、言葉です。

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 太古の時代、明かりは火でした。松明のようなものから、焚き火の明るさ。

夜明けから、昼間の日の光りの明るさが夕暮れの暗さになって、夜の闇へと移る時。

 月明かりも、昔の人にとっては、明るいものだったかもしれません。

星の夜も、同じように。

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 時を経て、様々に移り変わって、現在はLEDの時代になりました。

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 「建築家として、うれしいことは、設計した家に灯りがともり、夕餉の楽しげな雰囲気が

伝わってくる時である。」と言われていた、吉村順三さん。

 白熱灯の暖かな灯りが、環境という波でLEDに変えられる世界で、

温かみを持った住まいの明かりと、灯りをどう作るか。設計するこちらも変わらなければ

いけない時代のようです。

つれづれなる、ゆらぎ

巡る季節に、めぐり合わせよく、この週末はのんびりとお休みがもらえます。自分感謝。

秋の陽射しはやわらかく、ここちよい秋風の吹く朝です。

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 波間に漂う秋の日は、ゆらゆらと揺らいで流れの上にありました。

この週末は、身の周りをすこし、こざっぱりとさせて気持ちよく過ごしたい。

秋の午睡をゆらゆらと。おやすみなさい。

探す日々

今朝は、雲のひろがりが大きくて、気持ちまで広げてくれるようでした。

山側の谷戸にある我が家から、坂を下り、段葛、若宮大路を経て由比ガ浜へ着くまで、

およそ30分。その間に雲が流れて、高い空の分量が増えて広がる。

秋の一日は、そんなふうに出来上がる空の下で始まります。

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 よく言われたり聞かれたりする「こだわり」について。

若い頃は、自分というものの芯がないのに、「こだわって」いましたっけ。

 素材にこだわるとか、言葉にこだわるとか、それはそれで立派なのですが、

ひとそれぞれ、胸に秘めていればいいことで、それを「売り」にしたりするのは、

どこか違うように思えます。

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 どこか「こだわる」ことは止まることに繋がる気がして。

ちいさな括りで、ちまちまと閉じた輪の中で、こだわってみるだけ。

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 自分だけの、ちっぽけなこだわりより、大きな普遍。

不易なものを探すことに「こだわって」いきます。

どこまでもいこう

秋晴れの朝、澄んだ空気のなか凪いだ海を眺めて、しばし深呼吸。

ココロも空と同化するような、そんなゴキゲンな朝です。

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 ひとりで始めた設計事務所。もうすぐ15年かな、などと考えていました。

いろいろあって、一人でどこまで行けるかな、と後付で思い始めて幾年月。

 「どこまでもいこう」という強さより、いけるとこまでいこう、という方向です。

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 最後に笑えるように、転がり続ける、タイヤの歌を。

「どこまでもいこう。道は厳しくとも、口笛を吹きながら、どこまでもいこう。」

無垢な存在

グレイッシュな空が広がっている海を渡る風が気持ちよく、しばし佇む朝です。

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 同じ海の、凪ぎた朝でも、日によってその微妙な色合いは移り変わっています。

陽射しが柔らかくなった、秋の海は、やさしい潮騒の音だけが聞こえていました。

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 混沌とする、この世の中で、犬という無垢な存在は、揺るがないもの。

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 曇りのない、そのまなざしは何を見ていることやら。

口がきけたら、訊いてみたいものです。

 誰の心の中にも、きっとある子供の頃の無垢な場所。

犬たちの、まなざしの中には、その場所が映っているのかもしれません。

 秋の風は、金木犀の香りと一緒に、いろいろなものを運んでいるようです。

光陰矢のごとし

朝夕の散歩の時、どこからともなく金木犀の香りが漂う季節になりました。

中国名で「桂花」トンコツラーメンのお店も同じ名前なので、毎年、香り→桂花→ラーメン

の連想を完成させてしまう、おバカな自分がおります。

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 ゆうべ、テレビのモノマネ番組に友人の娘さんが出て、歌い上げてくれました。

おりしも、その友人の彼女も、数十年前に出て、唄っていました。

 干支が二廻りするぐらいの時が経って、同じ舞台に上がる姿に、こちらも重ねる時間。

あっという間に過ぎ去るのが、時間というもののようです。

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 ひとそれぞれ、自分なりのステージで、自分らしい舞台をつくりたいものですね。

よい、一週間を。

暮らしの器

秋晴れの空の下、文化祭に顔を出してきました。その帰り道、床屋に寄ることを

思い立って、買い物の荷物を家の縁側へ置いて、引き返しました。

ところが、「お客様へ。今日は午後お休みさせていただきます。」とマスターの一言が。

 またまた引き返して、折角の機会なので、通り道にある川喜多さんのお宅へ。

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 同じ町内にあるとはいえ、ここのお庭の広がりは別世界の佇まいです。

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 川喜多ご夫妻が別邸として使われていた家は、哲学者の和辻哲郎さんの練馬にあった

居宅を移築されたものです。江戸後期の民家は、生き永らえて、ここ鎌倉に。

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 南下がりのお庭に面した縁側。これぞ「ザ・縁側」と言いたくなる佇まいであります。

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 暮らしを包む、器として、この家は時間を受け止めることが出来た幸せな場所。

エイジングというものは、人も家も、よりよくあるのは、むずかしいもの。

 見習うべき、たたずまい。背筋を伸ばす、秋の一日でした。

ココロの文化祭

朝起き抜けに見る空、今朝はたなびく雲に、朝焼けのバックライト。紅く染まっていました。

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 今日は、母校の桐葉祭。二人の息子の持ち場を見に出かけてきます。

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 高校の時、部活とバンドを掛け持ちして、試合の後、息を切らしながら

ギターを抱えて、トンデモナク走ったリズムで弾き出したイントロ。

ドラムのフィルインが、間に合わないほどの調子ハズレ。あたふたと笑える演奏で、

音楽室の懐かしい光景を、秋のこの季節に思い出します。

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 友達の紹介で訪ねた、女子高!!の文化祭。「スポーツ刈りの伸びきったひと」という

表現で、私のことだと、その紹介した子が判ってくれたこと。いまでも覚えています。

 その縁で、女子高の女の子(当たり前)が訪ねてきてくれた、こちらの文化祭。

差し入れでもらった、不二家のドーナッツ!!も、みんな悪友に食べられて、トホホ。

 渡り廊下の思い出は、十七歳のままに、今もココロに残ってます。

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 よき秋の思い出に。

ツキ変わりの月

なんだか輪郭がはっきりしない日々が続いています。そんな気がするだけかな。

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衣替えにはちょうど良い週末ですね。自然の色合いは一足早く秋の装いが整いました。

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 常日頃、あまり運命とかツキとか、あるなし考えていません。

ですが、ここのところツキは来てない?ようです。

そんなことを思っていても、与太話を書いていられること自体、幸せなはずでした。

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 先日「無言館」という、先の戦争で戦病死された画学生の遺した絵画の美術館の本を

読んでいた時に感じた「今の幸せ」。平和ボケ、仕事ボケで、大切なことを忘れているよう。

 ちいさなきっかけで、変わる平凡な日常。無駄な日は一日もない、と天然犬が態度で

表していました。常に、前向き。後ろ向きでも、前向きに。

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