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忘れないように

 携帯のデジタル表示が、11月11日11時11分11秒になるのを、しかと見届けながら

週明けの報告会の資料を作っていました。あの震災から、8ヶ月。訪ねてからも、もう

一月半が経ってしまいました。なるべく、軽々しく被災地の写真を上げないようにして

いましたが、今日は決して「忘れないように」一枚、上げておきます。

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 南三陸町は、わかめや牡蠣、ほたて、ほや、ギンザケの養殖が盛んな町でした。

輝く海だけは、静けさを取り戻し、養殖を再開しようと、残った地元の人々は懸命です。

 報告書を作るため、町の大きさを、住んでいる鎌倉と比べる地図を、同じ大きさで比較

出来るようにしてみました。ちょうど、鎌倉の市街地の半分、若宮大路から山までの大きさ

が、南三陸の志津川の大きさにあたりました。自分たちの住む町のスケールに当てはめる

ことで、毎日の散歩の距離として、体感出来るから。

 アタマばかりでなく、カラダで覚えないことには、きっと「忘れてしまう」ことでしょう。

 すこしばかり悲しいのは、インターネットで調べ物をしていると、津波の動画が

興味本位で、たくさんの題名がつけられて出てきてしまうこと。お茶の間ワイドショーの、

一場面ではないのに。海外メディアの冷静さ、や定点観測を続ける意思(意図)から、

すこしは学んで欲しいと思います。「見る側」の一員だから、偉そうには言えないけれども。

M03

 もうひとつ、「忘れないように」しようと、資料を作ったのは夕景の浜の美しい三宅島。

全島避難のあった2000年の噴火より前、昭和58年の噴火の際に訪れた時のこと。

M07

 噴火による溶岩流が、三宅島の阿古小学校を埋め尽くしてしまい、その仮設体育館を

建てるボランティアで手伝いに行きました。まだ、大学二年の、はたちです。

M32 

 空気膜で作った、この建物。ネットとワイヤーをかけるのが、素人の役割でした。

あれから、四半世紀。小学校も統合されて、ひとつになり、もはや思い出の中に

残るだけとなりました。

 人は忘れる動物ですけど、今年のことだけは忘れたくないものです。

 忘れないように。

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