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2013年3月

ハノ字の運

 弥生最終日曜日は冬に戻ったような花散らしの雨が降って始まります。

ケツメイシのさくら舞い散る中に忘れた記憶と♪を口ずさみながらゆったり海へ。

春の海はやっぱり明るめ。季節はきちんと進んでゆきますね。

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 春を感じるのは、朝焼けの光りが一番です。

希望という名の光り、そのものだから。

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 平日はすこし気忙しいけれど、それでもゆっくりと見上げる時間はある。

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 しばし、足をとめて、見とれています。

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 時の流れはだれにも平等。ならば、ゆっくりと楽しむのがいい。

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 来年も、同じ風景に出会えるといいな。

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 ハノ字になって、運。おそまつ。

花筏

 冷たい北風が吹いて花曇。文字通りの花冷え、弥生の季節変わりは肌寒いものです。

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 昼間は賑わう境内も静謐な時間が流れる、週末の明け方です。

境内のお池には、花筏。浚渫後の水面が戻って今年も見られました。

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 球春が迎えられて、咲き誇る桜が今年も変わらずに見ることが出来るシアワセ。

なんでもない日。平凡こそ、かけがえのない一日であることを思います。

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 今日は、仕事をまとめて提案し、夜は町内会の会合。

それが済めば、明日はすこしのんびり休めそうです。

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 仕事が出来るのも、桜を見られるのも健康であればこそ。

またまた、当たり前のことをありがたく感じて過ごします。

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 週明けは新年度。いい年になるといいなぁ。

花曇りの光り

 弥生の月も最終週。季節が新緑へと進みつつあるからすこし花冷えと花曇りの朝です。

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 青空のお花見、今年は楽しめたほうです。週末まで花曇りの予報だから、

花そのものの、雪のような明るさを楽しむことにしましょう。

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 八幡様の池は浚渫をしているので、水面に映る景色はすこし御預けですね。

柔らかな光りそのものの、グラデーションを眺めるひととき。

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 わずかな期間で移り変わってゆく花見の時期。一年の早さとせつなさを感じますね。

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 そろそろ球春。物語は、始まる前が楽しかったりもします。

桜の現場

 先週お電話をいただいた杉並の家にメンテナンスに出かけてきました。

おりしも桜が満開。善福寺川沿いの桜がきらきらとした陽光に輝く日です。

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 湘南新宿ラインで養老先生の「大言論」を読みながら渋谷へ。

久しぶりの通勤ラッシュ、人ごみをすり抜けながら井の頭線のホームへ着き

車両に乗り込むと、反対方向なので空いているからホッと和みます。

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 去年の今頃、解体工事をしていた杉並の家も、早や暮らしが始まって半年が過ぎ

時間の経過をしみじみと思い起こしつつ、見上げる桜並木です。

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 現場で採寸して、渋谷の東急ハンズへ材料の買出しに戻ります。

スキップフロアの最上階から地下へ。あちこち部材を探しながら階段を昇り降り。

階段一段ごとに、消費カロリーがマイナス表示されているアイデアに笑いつつ、膝が笑う。

朝の開店を待って入ったのに、思いのほか時間がたって材料を抱えて戻る。

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 行いがよかったのか、鋸でカット、取付に30分で済みました。

お昼にかからずに、首尾よく現場を後にします。

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 一仕事終えての帰り道。満開の桜が笑ってごくろうさんを言ってくれます。

いい現場日和の一日を過ごしました。

花が咲き、実が生る

 冬の寒さに耐えていたのは人も自然も同じかもしれません。一挙に桜の咲く風景は

ここ何年もなかったような元気さに溢れています。

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 震災以後、モノの見方が変わったのは自然なのだと思います。

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 毎年当たり前のように見ている風景は、明日ないかもしれない。

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 一年のうち、一週間のために、じーっと待っている。

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 自分の仕事も、花が咲き実が生る、そのようにありたい。

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 かけがえのない景色。ゆっくり眺めています。

住まいの端々~ありのままに

 好きで選んだ自営業。建築の設計稼業には、デザインのきれいごとの裏に、

たくさんの生臭い話があります。土地や相続、不動産にローンなど世間の下世話な話の

すべてが集まったかのように、見えないしがらみが交差する上に建つ。

 時に孤立して孤独を感じながら、独りよがりにならず、視野を広く持つにはどうするか。

職種に限らず、こういう時には、仲間の存在が必要ですね。

 同じ方向を志ながら、個々の違いを尊重し、多様に広がりを持つプロの人々。

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 先日、参加しているネットワークのメンバーの設計によるオープンハウスに行きました。

大きな木をありのままに囲む、素敵な佇まい。

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 長谷なのに由比ガ浜の名前がついた、いいハウスが出来上がりました。

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 谷戸の坂の上りに合わせた我が家の屋根の向こうには、山桜が満開を迎えます。

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 庭の真上のもう一本もそう。自分たち専用に、お花見を用意してくれています。

かたちを創る前に、ありのままにする受け答えがどうしても要りますね。よい、桜を。

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休日バランス

 昨日現場に出て、の待ち時間。ふと足元に目をやれば久しぶりのプリズム見っけます。

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 置いてあった自転車のダイナモに反射した春の陽光が、偶然創り出したよう。

出来ることなら持って帰りたい、自然のワンポイントです。

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 経済ではバランスシートがあるけれど、週末には休日のバランスとりがあります。

平日のルーティンワークからすこし離れて、道を逸れて歩くようにすること。

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 同じ時間でも、いつもとは違う場所を歩くだけで新鮮な気持ちになれます。

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 小町から大町へ廻って、材木座の踏み切りを越すと、猫の日向ぼっこ。

足元に迷犬がうろちょろしているからか、怪訝そうに訝しげな面持ちです。

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 星降るように、明るく咲き誇る桜がおはようと笑っている道を歩く。

おのずと明るいココロになって、道行く犬散歩の方々と挨拶しつつ始まる休日です。

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 いつもとは反対廻りの、東から西へと向かう朝の、休日バランスでした。

現場日和

 久しぶりに現場に出かける日。花冷えですこし風が冷たいけれど晴れていればいい。

段葛の桜もそろそろ咲き始め、春らしい風景の中へ出かけます。

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 机の上で考える建築と現場で出来る建築の、その間を行き来する設計。

人のきもちを、物のかたちに。

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 いつも思う、健やかなればこそ。丈夫なカラダさえあれば。

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 現場の風に吹かれていると、発想も広がるってもんです。よい、金曜日を。

楽しく記する

 学生さんたちは春休み。鎌倉をそぞろ歩く若人が増える季節です。

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 以前子供が買ってきた一冊。別に東大を目指しているわけではなく、鳶は鷹を生まない

のですから、かたちから入る、というだけの理由で購入したものだと思います。

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 丁寧にとられたノートは合理的合目的。この場合東大合格という目的に直結してます。

ひとそれぞれに個性はありますが、そこにはいくつかの「美しい」法則があるようですね。

見易く要点が整理され復習しやすい。学歴とは無縁の設計屋としても、学びだしたテーマ

にはぴったりのノート術のようです。

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 目標が明確だから、目的にかなう術がある。

高校生の学び方から教わることがたくさんあります。

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 向いているほうが、前。前向きは、生き物には共通のようです。

よく学び よく遊ぼう

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巡る日々

 とても穏やかな春分の日を迎えることが出来て、軽やかな心持で始める朝です。

今日は午後にお客様を迎えるので、これから片付けと格闘します。

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 祭事の準備が整った八幡様のように、背筋をしゃんとして迎えられれば幸いです。

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 陽の当たる通りには、三分咲きの桜。段葛はこれから。

今週末が見頃かな。現場に出ることが増えそうなので、あちこちで楽しんで来よう。

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 春の光りは柔らかい。寒く長い冬も、確実に巡ってゆくことを思います。

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 「行雲流水」のテーマ。希望とは自分が変わること。

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 日めくり日巡る日。自然に笑顔になって前を向きましょう。

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 木蓮が空に向かって笑う朝です。よい、春を。

結び目をつくる

 ぽかぽかと気温が上がって、うららかを通り越して暑さを感じるようになります。

五時台から明るさが増してきたので、すこしばかり早めに動き出します。

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 一気に五月のような陽気になると、カラダが季節についていけない。

すこしずつ意識してカラダを春にしなくっちゃ。仕事をしよう。

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 明け方の光りはすぐ移ろい、雲は行き水は流れて、の行雲流水です。

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 設計する敷地を見にいって、久しぶりに安国論時の枝垂れ桜に会います。

桜が春という季節を人々と結ぶように、きもちとかたちを結ぶ結び目をつくるのが

設計という仕事なのかなぁ。

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 帰り道、お彼岸のお墓参りに寄って、しみじみと手を合わせて帰ってきました。

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 きつく窮屈な結び目ではない、ゆるやかでしなやかな結び目を目指します。

水平ヒコーキ

 春のお彼岸。そこここで桜が咲き始めて、木蓮も気持ちよく咲いています。

陽射しが暖かいかと思えば、花冷えの風が吹いたり、弥生の天気は気まぐれであります。

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 それぞれが咲く場所によって、時期は輪唱のように広がっていくのが面白い。

人々の立ち位置が違うから多様性が生まれるように、花たちも動けないなりに多彩です。

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 毎日、海の水平線を眺めていますが、日によってココロが広がる時、そうでもない時、

いろいろあります。真っ白いプレーンな紙ヒコーキが水平に飛ぶ時は、きっと自由です。

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 気分はその日暮らし。両手を広げ翼を伸ばし遠くへ水平飛行。

川面の白鷺のように、凛と佇むことから発進しよう。

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 居間のソファーに足を伸ばし、本を読んでいると気持ちが水平飛行を始めます。

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 いい休日といい本はいい相性。いい気分で滑空します。いい日曜日を。

春からの贈り物

 春霞隣は何をする人ぞ、白い日を過ぎててくてく春の陽射しのしたを歩きます。

花粉や砂塵だけでなく、たくさんの見えないものが飛び交う春。お大事に。

鎌倉は花の季節が始まって、あちこちから贈り物をいただくような朝散歩が心地よいです。

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 坂の木蓮もここ数日の暖かさで、すこしずつ開いてきます。今週末が見頃ですね。

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 春になると見上げる時間が自然と増えます。空がより明るくなるから無意識のうちに

カラダが先々へと進んでいってココロもそれにつられてゆくのでしょう。

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 毎年巡る季節。かけがえのない春からの贈り物に、ありがとう。

住まいの端々~アプローチ

 住まいをつくる上で、建物をどうその土地に馴染ませるか、考えることが大切です。

かたちはもちろんですが、むしろどう建物を配置してどのように玄関までアプローチして

いけば、その場所にしっくり馴染んでくれるのかを考える。

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 建売住宅のように、道路に面してドアが正対するよりは、目立たぬアプローチで

出来れば思索さえ可能な奥行きがあれば理想です。

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 伝統的な茶室の路地のように、現代の住まいにも外と内をむすぶ緩衝地帯があって

そこを通ることによって出かける気分と帰ってきた安心感が切り替えられるような。

土地が小さくても、曲げたり斜めにしたりすれば、それだけで奥行きが出ます。

今の住宅からは、奥ゆかしいと言われていた奥行きが失われていますから、

出来る限りの工夫をして、いい雰囲気を醸し出したいものですね。

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 玄関を出て明るい外へ向かう朝があれば、それだけで前向きになれます。

帰ってくれば灯かりの灯る玄関があって、おかえりなさいと迎えてくれるように。

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 段々のアプローチも素朴に作れば、緑の成長や手入れをする楽しみも生まれます。

出来れば部屋の明かりが通りを照らし、道ゆく人にもおかえりが伝わるように。

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 我が家の玄関は、以前の住まいの敷石や舞良戸を活かしてL字に折れてアプローチ。

奥行きがかせげなくても、折れ曲がれば視線が変化して気分も変わります。

足元を照らす灯かりが、おかえりと迎えるような住まい。これからも創っていきます。

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鳴らすココロの日々

 新月を過ぎて、一冊のノートに記することを始めました。今までのインプットは裏紙に

書き記してはそのままに、あまり見返すことがありませんでした。ただでさえ忘れるから

手を動かしてアウトプットにつなげるための、ノートです。

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 ココロが共鳴するような、日常の風景も端々から忘れていきます。

ささやかな目標を掲げて、日々すこしずつ進めていくこと。

震災後、明日のことを考えられないように思えても、続けていくことで何かをかたちに。

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 始めてみて続けてゆく。意志を持ってというより必然であると思ってしまえばいい。

手帳に綴っていた言葉の断片も、一冊のノートに集めてみれば新しい言葉が見つかる。

そんな期待を込めて、自然体で、身構えずに書き続けようと思います。

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 自発的にしなければ、自助の継続にはならないと自覚しています。

人それぞれ、出来そうなことから、ちょびっとずつリトルビット。

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 自分ビット、続けることで広がればいいな、と思います。

三十年のジャーニー

 高校の友人とジャーニーの武道館ライブを観に行きました。三十年ぶりの武道館だそう

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 以前横浜体育館で観たのもその時のツアーだったと思うので、三十年の旅ですね。

武道館も市谷に勤めていた時に、クラプトンを観にいって以来だから二十年ぶりぐらい。

笑ってしまうほど、あっという間に月日が過ぎています。

 肝心のライブはそれこそあっという間の二時間弱。いきなり「セパレイト・ウエイズ」と

「お気に召すまま」ですから、のっけからアンコール曲を演奏してしまう先手必勝ライブ。

gleeのカバーでも知られたからか、若い世代も多く感じられました。

元ギター小僧としては、ニール・ショーンのギターを聴きにいったようなもの。

以前に増して、弾きまくり。今時レスポールを三味線のように弾く人は彼しかいませんね。

もうすこし抑えて微妙なニュアンスを出せば完璧なのですが、それではアメリカンロックに

ならないから、ずっとこのまま演ってください。

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 ギターを毎日のように弾いた高校時代を経て、大学でジャーニーの「お気に召すまま」や

「セパレイト・ウエイズ」をコピーしていた80年代初頭。当時のアナログ盤は二枚組みの

ライブアルバム。この時のメンバーが黄金時代の幕開け。商業ロックと言われていた。

 でも演奏力は素晴らしい。ジャズっぽいスティーブ・スミスのドラムが一味違うバンドで

スティーブ・ペリーの個性は誰にも真似できない「売り」だったから、その脱退後が

とても長い道のりになったのでしょう。バンドのヴォーカリストで「ウイアーザワールド」に

出たぐらいだから(ダリル・ホールもヒューイ・ルイスもいたけど)。

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 「サンタナ」バンドに在籍していた、ニール・ショーンのギターは同じ個性のまま

2013年の今も「鳴って」います。人のココロに響き続ける音は変わらない音色です。

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 スティーブ・ペリーの後を継いだ、スティーブ・オウジェリーの歌声が好きで

これでしばらく安泰だと聴いていたのが2001年のライブ。でも、長続きはしないのが

浮世の常で、2009年の現メンバーになるライブまでまた10年単位の時間が過ぎる。

CDというメディアもそろそろ終わりを迎えるようで、DVDからブルーレイにライブ映像も

移り変わり、全てがどんどん流れていきますね。

 懐メロではなく、2013年の今「鳴って」いる音楽。活き活きとした人生の友は、

鳴り続けている、現役の音楽です。♪

無事であれば

 季節が数歩戻って、花冷えのようです。冷たい北風に肩が上がってしまう今週です。

いつものように朝日に照らされながら海へと向かうことが出来る。いつも、と、出来る日が

けっして当たり前ではないことを思う朝です。

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 夜が明けて日が昇る。繰り返し訪れる朝を迎えられるのは無事であるから。

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 人間は、忘れてしまう生き物だから、繰り返し繰り返し思い出すようにしなくちゃ。

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 鎌倉の海は、春らしくあの日と同じように静かで穏やかです。

すこし波があって潮騒は響いていますが、心の芯を静謐にして。

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 目を閉じて潮騒を聴きながら、しばらく黙祷。

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 いつもと同じ朝。かけがえのない時。戻らないから、思い出そう。 

静かに祈る

 暖かくなった鎌倉は、気の早い若木の桜が五分咲きになって微笑んでいます。

水仙と梅が一緒に咲いて、谷戸では鶯が鳴き始めています。

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 家族が皆健康で、桜が咲く春を迎える。それだけでありがたいと思います。

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 桜が咲く前に、二度と見られなくなった人々がいることを考えて、手を合わせる日。

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 去年の海は銀色に光って、とても心地よい風が吹いていました。

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 訪ねた南三陸の海も美しくあります。

静かに祈る一日。ありがたく過ごします。

ココロ%

 慮る、思いをはかる、という時の、はかるには目盛りがありませんね。

目に見えぬもの、音に聴こえぬもの、感覚には、はかれないものがたくさんあるけれど、

わかる。言葉にはならず、ぴったりはかったようにいかなくても、大体のことがわかる。

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 建築の設計は、計画を計って、土地を測って、相手の気持ちを量って、寸法を図る。

いわば、たくさんの見えたり見えなかったりする目盛りの総量をいかにいい按配にするか

そういう仕事なんだと思います。

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 きもちをかたちに、といっても幾通りもの過程があって、具体化しなければ伝わらない。

たくさんの可能性の芽を摘まずに、矛盾を抱えながら、ひとつずつの声を聴き、かたちへ

と昇華させるように、はかる。

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 無理や無駄を、ただ単に無くすことは出来ても、それだけでは、必要とされるものには

なかなか近づけはしませんね。ものになる、というのは、なにか人の気持ちをプッシュする

力のようなものがなければ。そこで、けっしてはかれない、情熱とかがいるんです。

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 溢れる情報の中、波に溺れず流されず沈まぬように、どう俯瞰出来るのでしょう。

創造の翼をつかい、見えない何かの高みから不易なものをさがすように。

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 日によって、ココロのパーセンテージは変わります。

ものにならなくたって、熱量だけは失わずに。慮る、休日に。

気持ちが笑う日

 ぽかぽかとまことに春らしい陽射しがやってきて、気持ちよく自然に笑ってしまう日。

そんな朝は気持ちが笑うように思え、またさらに面白く笑える。そんな連鎖は歓迎ですね。

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 なにをするにしても、なにかを明らめるにしても、おおもとのココロが笑えれば

いいことが起こりそうな気持ちが自然と訪れてくれます。

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 砂模様が風によって様子を変えてゆくように、気持ちが笑うならつられてゴキゲンになる

どんな行動もいずれはどこかでつながって、なにかの実をむすぶことでしょう。

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 冷たい北風が吹きすさぶような真冬の季節。ココロにも隙間風が吹き気持ちが

ささくれて荒んでしまうような日があっても、こうやって春はやってくるもの。

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 足元のちいさな春。そのことをしっかり分かっているから生命力に溢れています。

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 いつもココロに水平線。春空にはまっすぐ伸びる雲の線。どこかつながっています。

弥生の色味

 卒業の時期がやってくると、季節も弥生らしく冷たさが和らぐようになってきます。

オレンジのまあるいお日様が朝焼けの空を作り出し、暖かい春の一日が始まります。

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 夕焼けより色味が強く染まるオレンジ。空気のありようが醸し出す季節ごとの色味です。

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 夕焼けのようにフェードアウトする色合いとはちがって、力強く輝いていますね。

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 雲のひろがりも冬とは変わって、より高く大きくダイナミックになる春が来ます。

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 底冷えが去ってゆくとココロの芯もすこしずつしなやかになって希望が芽吹く。

春が来れば、なにもせずとも自然と上向きになっていきます。

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 滑るようにすっと着水した海鳥が波に揺られているのも春らしくあって。

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 水彩画の空。春はあちこちに、色味を散りばめて進んでいきます。よい春を。

有形無形

 かたちあるものはいつかは無くなる。それは盛者必衰とどこか繋がっている気がします。

遠い遠い彼方にある大きな星の光りも、地球に届いた頃には星はないのかもしれない。

それはそれは大きな時の流れの中では、形のある時間は本当に一つの塵のようなもの。

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 デジタルな時代、見える化で右肩上がりのグラフに表わされるアクセス数や

人気ランキングも実体が明らかでないものを分かりやすい図にしたものです。

わかりやすいの名のもとに、切り捨てられ零れ落ちていくものは数知れず。

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 「絆」がもてはやされていたかのように、本質はどこかへ置き去りされて

かたちにならないまま時に流されていつのまにか忘れ去られていく。

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 さて、そこでふと考える。かたちは消えてしまうから大切で、見えない気持ちは

かたちにならないからこそ大事。そう思うと、有形無形もどちらも大事なものになります。

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 設計とゆう仕事は無形なものを有形にする仕事でありますが、それまであったものを

壊して無にしてゆくことも仕事の内です。

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 かたちの有る無しにかかわらず、不易なものを掘り下げる日々に。

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季節の折り紙

 啓蟄という言葉の通り、明るく穏やかな日が明けてゆき、また季節が進んでいきます。

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 しゅわしゅわと波が寄せる日があり、月が控えめに昇っている朝があり。

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 自然が織り成す日々の風景は、季節の折り紙として織り成されていきます。

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 丁寧を心がけていても、すぐに忘れてしまうし、丁寧にしようとしても心がついていかない

、丁寧に過ごすにはやっぱり、ゆっくりじっくりした時間の中にいると感じることからかな。

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 並んでいる鳥たちが♪のように見えたり、月の砂漠をはるばるとと浮かんでくる風景。

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 ココロにとまる言葉のように、四季折々に紡がれる日々の一ページを楽しむ。

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 季節によってテンポアップするのが、本当のスローライフなのでしょう。よい、一日を。

聴こえぬ声を聴く

 いろいろなインプットを増やそうと乱読していると、残る言葉と消える言葉があるのに

気付かされます。自分の琴線に触れる言葉は日々違っていて、興味があろうとなかろうと

どんなテーマであっても、読んだ言葉がひっかかる時と砂のようにこぼれていく時がある。

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 自分の話を聴いてもらうには、人の話をよく聴きなさい。とはよく言われます。

読書というのも、書き手の話す言葉をよく聴くことであると考えれば、なるべく引っかかる

ように、漫然と読むのではなく、落し物を探すようによく見聞きしてきちんと聴く。

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 言葉がひっかかる時、それはたぶん自分の気付かぬ声のことかもしれません。

人の声を聴く前に、そもそも己の聴こえぬ声に耳を傾けられているのか?

人の話さえ聴こえていないのだから、自分の声にきちんと向き合えているのかは疑問。

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 大元にある、ココロの声をどう聴いていくか、日々問いかけていくしかないなぁ。

おおげさに考えなくても、人の声によって得るものが自分の秘めていた声なのかも。

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 身の回りにある自然の声も、すっと入ってくる時こない時があるのも

どうココロが開いているかによって聴こえたり聴こえなかったりするのでしょう。

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 潮騒にも共鳴する日があり、聴こえていない日もあるから、

なるたけ読むこと聴くことを心がけてゆくことでしか「聴けない」のかな。

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 なかなか変われない自分があっても、いつのまにか移り変わるもののようだから、

耳を澄まして聴こえるような姿勢だけはしていよう。

外見と中身

 人それぞれ物事の考え方が違うから、様々な視点があるのは当然です。

ただ人は違うけれど、いいものはいい。と共有できる 「いいもの」 は存在します。

違う感じ方をしているはずなのに、うつくしいと感じられる「なにか」は確実にありますね。

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 古い民家は時間を経て風雪に耐えて、時を越えて存在し、美しい。

手を加え手入れをし、時に抗い、傷んでも修復されて今尚存在し、感じられるなにか。

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 設計する仕事をしていて、出来るだけ中身をしっかり考えた結果がかたちに現われると

ずっと思ってやってきました。その中で、以前すごく納得できた一言があります。

 京セラの稲盛さんが言われたいた「外見というのは一番外側の中身である」ということ。

外見が美しくないとゆうことは、中身に問題がある。という、厳しいモノの見方があります。

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 いくら条件や要求や予算や性能がクリアーされていても、その最終形がしっくりしない。

ということは製品として、きっとどこかに問題をかかえているから売り出せない。

その言葉にはっとさせられるとともに、気持ちを新たに考え始めるきっかけをもらいます。

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 先日、雨に降られ遅く出かけた朝散歩。ふと遠出して廻り道した路地にあった住宅。

明らかに設計者がいる、佇まい。そこで、ふと「自分ならどう設計する?」と考える。

 周辺の環境に、馴染んでいるかどうか。どういう暮らし方がこのかたちになったのか。

他人の経験も自分に置き換えて見るのも、読書と同じで追体験になると思うのです。

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 自分で設計した自分の家も、様変わりした今の自分から見れば「ちがう」。

その、なにか違う、というところが、さっきの「外見は一番外側の中身」という見方に

繋がってゆくから、稲盛さんの言葉が自分の中に残っているのでしょう。

 その時々で、出来る限りのことをした結果、ベストを尽くしたか、かたちを確かめる。

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 ともすれば、中身をこれだけ考えたのだから、外見もきっとうまくゆく。で終わって

安心してしまうかもしれませんが、さらに一番外側の中身として外見を見直すこと。

 このことだけは、いつも思い出してしっかりと反省しながら仕事をしていきます。

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てくてくロースピード

 三月の声を聴き、よしよしと安心すればちめたい北風が待てしばしという初春です。

何事も一気に成るわけではなく、すこしずつ進むものなのをつい忘れてしまいますね。

日が長くなったぶん、身近なペースにさえまだカラダが寄り添ってはいないようです。

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 背筋をしゃんと伸ばす。ゆっくりと呼吸をする。そんな些細なことだけで気持ちは

すっと変わるのが面白い。よく出来ています。

大きな変化やうねりも、もとはといえば小さなことのはじまりから始まったもの。

そう考えると、なにかひとつのことを続けてゆくだけでも十分に大きな変化になります。

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 ハイスピードカメラも、ちいさなゆっくりとしたコマ割りに分けることで成り立つ。

てくてくとした歩みでさえ、ロースピードで持久すればいつかはどこかへたどり着くから。

まとまった時間をゆったり用意することで、スペースが生まれ気付きも多くなりますね。

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 いつもと違ったコースをとれば、見上げる空に飛行機雲。

偶然はラッキーな必然なのかもしれません。

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 荒れた海もゆったり眺めれば、春の一ページには違いありませんし。

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 てくてくの足元にはスタコラする≒1名もいて、のどかな春が始まります。

よい、休日を。

丁寧に、一歩ずつ

 ようやく弥生の月になって、春と呼べるような季節がやってきますね。

子供の進路も無事決まって、世の中の全ての親御さんと同じようにほっとしています。

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 自分たちが受験生だったころ、なんてほとんど記憶になく大して気にも留めていなかった

、そんなようにさえ思えるけれど、親になると不思議なもので心配するのですね。

なるべくしてなるのでしょうが、それぞれの立場にならないとわからないのが面白い。

季節が自然に移り変わるように、過ぎてゆけばなんでもよい思い出になります。

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 他人事を我が事のように感じるのは、なかなか出来ませんが、少なくとも近い気持ちに

もってゆくように、心を寄せることぐらいは出来るかもしれません。

ココロが開いていさえすれば、人の気持ちになれる機会は増えてゆくものでしょう。

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 同じ海でも刻々と移り変わるから、毎日が特別になってゆく。そう感じられる日がある。

一歩ずつ、なんでもそうですが、丁寧に過ごすことで目に止めること、気がつくこと、

すこしずつ増えてゆく。

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 木々が芽吹くのと同じで、暖かな季節につられてココロも自然に開いてゆく。

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 世の中、効率とか景気回復とかいろいろ求めるように騒々しいですが、

出来ることだけ丁寧にやってゆく。まずはそこから、の一歩ですよね。

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 坂に香る梅。水仙とともに香る。長かった冬を越えて、よい春を。

住まいの端々~呼応する建築

 建築がアートでないのは実用品であるからで、モニュメントのようなものはお墓と一緒で

使われはしないから建築ではない。でも、見上げたり拝んだり眺めて眺望を楽しむ塔の

ように使われると建築物になるのですから、その境界線というのは、実に曖昧です。

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 以前よく、住宅は建築ではないと言われ、建築を突き詰めてデザインしてゆくと住めない

ものになる。私たちもそうは思っている節もありますが、そこで ちょっと待てよ とも思う。

 日本では動かせる仮設のものは建築ではないとゆうことになっていて、でも先の震災は

鉄筋コンクリートの重たいビルでさえ倒され流され動いてしまいましたから?なのです。

 大きな自然の力の前には、なすすべもない、私たちの設計し使われる建築です。

なすすべもない、からこそ、いかに設計するのか、どう考えるのか、が問われている現在。

 ここで、より問われるのは日常人が使う住まいのありようでしょう。

なぜなら日常の住まいが跡形もなく流されてしまう、脆いものであるから。

だからこそ、あきらめずに どう真っ当に創る のか というのが命題になります。

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 真冬でも晴れた日には、東から朝日が当たる我が家。朝食をとる食卓の大テーブルに

朝日が伸びて差し込むように「出来て」います。日が昇り日が沈みまた日が昇る。

自然の摂理は不変であり、時の流れの中で、普遍に応答するかたちはあります。

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 大きく開け放った窓は、天然ボケの犬さえ自然に反応するものですから、

どう自然に向き合って呼応して応答した形にするのか。その結果が建築であろうが

なかろうが、普遍な実用物であればそれが住まいという器になるのでしょうから。

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 人が出入りする窓は光りや風、温かさ、寒さ、匂いや湿気をやりとりする場所でもある。

環境から求められる、高気密高断熱も、人が不自然に暮らすことに繋がるのならば

本末転倒です。ほどほどの、ひとそれぞれにあったバランスをどう提示するのか。

住まい手とのやりとりに応答しながら、自然とその場所に呼応するように考える住まい。

 設計の中身によって、どう呼応する建築かが事細かに決まってゆくものですから、

取捨選択の繰り返しといっても、あらかじめ色眼鏡で切り捨ててしまってはいけない。

あくまで素直に肯定して、真っ当に考えて「そもそも」をよくよく「よいかたち」にする。

 本当の意味で呼応するなんてーのはおこがましく、出来ることを出来るだけすること。

いつもそこに戻っていきます。人と人との呼応と同じように、応える住まいって?

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 呼びかけ応える、その繰り返しが自然に営まれるような居場所を考えること。

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 呼応する、その先に、希望とゆう名の光りが射す住まい、いつか出来ますように。

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