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行雲流水

 ことあるごとに、なにもなくても、思い出す言葉である「行雲流水」。

流れる水は絶えずして、元の水にあらず。と習った学生時分には実感が伴わずして、

元の言葉にならず、その意味すらわかりませんでした。

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 社会に出てひとりよがりに突っ張っていても、行く雲や流れる水には気付きさえせず。

変わらない大切さと変えられない弱さをかかえて、さて何が不易なのか。

田中文男棟梁が言った「行く雲も流れる水でね。」の重い一言のおかげで

実感が伴って、すこしは分かった気がするようになります。

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 考える芯はすっくと立っていても、思い戸惑うのは人情。

雲がかたちを変え、波が泡と消えるように自由であれば。

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 だんだんと湧き上がる雲のように、上がれ。

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