打ち上げ花火
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設計コンペのプランがまとまって、さあこれでいこうとなりました。メデタシ。
幾度となく繰り返し、行きつ戻りつ、かたちになるのはいつものことですが、素直にうれしい。
ものづくりのプロセスは、直感を裏づけして具体化する。気持ちをかたちに、のモットー通り
移ろうココロから、やわらかく、しなやかなカタチを考える日々です。
昨日読んでいた、ワークライフバランスの本。ワークとライフは、両立させるというより、
融合するもの。という一節があって、なるほどと思いました。
以前、建築家のノーマン・フォスターが、建築の設計は、あらゆるものの統合である。
と、見に行った講演で言っていたことと繋がるように思います。
対立させることより、うまく合わせるような、そんな持っていき方が出来たらいいなあ。
ミニトマト、実る前に咲く花のように、出来上がる建築の前に、図面を描くこと。
今日も、続けていきます。
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夏日に届こうとする日、我が家のソーラー屋根の温度は91℃を記録しました。
車のボンネットで、目玉焼きが焼けるがごとく、熱くなる鉄板。その鉄板の屋根を
建築的に二重にして、その温められた空気で床暖房をするOMソーラー。冬は床暖房に、
夏はその熱を使って、お湯を採ります。といっても、お水を沸かすのではなく、不凍液を
循環させて熱交換。その熱でお湯をつくって、貯湯槽に貯めてお風呂に使います。
温められた空気の熱を、そのまま利用する効率のよさと、建築的な工夫が生かせる
システムは、特許がきれ、より使い易いものとなりました。
住まいをとりまく環境は、エコという考え方の広がりによって、ここ十年で様変わり。
太陽熱の利用は、これからもより進んでいくのは確実です。どう建築に生かすか、
日々、エネルギーを使う住まいにも問われる時代となっています。
さて、建築のなかで、住宅は暮らしの器でもあります。男の器、女性の器量。
家にも、人にも、そのうつわには、有形無形の大きさがあるようです。
わたしたちが設計する住まい、は身近なカラダの大きさを基にして、ある寸法を持った
大きさで作られます。その寸法はスケールとも言われ、「アイツはスケールがでかい」
景色にも「その雄大なスケールは」などと使われます。物指しの目盛りや、定規そのものを
スケールとも言いますね。その、スケールと器の大きさを決めるのが、設計の仕事。
ひとくちに、「スケールや器の大きさ」と言っても、そこには無限の選択肢があります。
手のひらにのる、大きさのお茶碗という「器」の大きさから、自然という環境の大きさ。
自然のスケールから「器」を考えると、大きさは宇宙へと向かっていきます。
身近なものへと、向かう視線と、より大きな、環境へと向かう視線。
その両方の方向性をもって、行ったり来たり、行きつ戻りつしながら、試行錯誤しつつ
「器」の大きさを決めていく、設計の仕事。その役割は、これからも益々大きなものに
なっていくと思います。そのためには、作り手である、人の「器」そのものの大きさが、
問われる時代ということも言えると思います。
ココロのあり方も、仕事のあり方も、住まいのあり方も
すべて同じ地平で捉える、大きな「器」。人の可能性を、広げていくワークス。
海の水平線を眺めつつ、休日に考える、好日です。
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五月の薫る風が吹き抜けてゆく、かぎりなくご機嫌なお天気で始まった日曜日です。
いそいそと歩く、足元の迷犬に歩調を合わせて、由比ガ浜へ行って帰ってきました。
空から、鳥の視点で見降ろした時に、屋根の線が、海に向かって綺麗に伸びてゆく。
そんなイメージで考えた、この設計案。まだ学生の頃、建築家フランク・ロイド・ライトの
言葉に出会いました。「その建築が建った後、以前の風景より、良くなっていなければ
ならない。」 巨匠のつくった家たちは、確かに風景に、そう佇んでいました。
風景にただ溶け込むように見えながら、すっと立ち上がっている建築。孤立するでもなく、
埋没するでもなく、「一線を画す」ように建つ建築。生涯に、ただひとつでもいい、
そんな家を創り出したいものです。いつか、出来るかな。
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岡本太郎さんが、言われていた「むしろ積み減らすべきだ!」という言葉には、
芸術という表現の巨人の、人間の自信、器の大きさが感じられます。
凡人としては、積み重ねていくより術はないのですが、フィギュアスケートの
わずか数分間の表現にも、点数を積み上げていく技術がありました。
デザインを繰り返し練っていく中で、身に付いていく感覚があります。
人がいる場所の、広さ、高さ、光りの入り方、そして繋がり。建築という一品生産は、
芸術とは違って、人が使う、暮らす時間に耐えうるものでなければなりません。
積み重ねたものの中から、たった一つのかたちを選び取る、設計の責任と楽しさ。
考えることは、まだまだたくさんありました。日々、是精進。
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ハウスコというウェブサイトの、住宅設計コンペに参加して二年が経ちました。
参加したプロジェクトの数も十をこえ、また新たな次元へと挑戦しています。
毎回、自分の中でもレベルを上げていき、自分自身に課す条件も高く設定します。
「ここまで出来て当たり前」だろうというレベルを、与えることで、結果的にいいものが
出来上がります。通常の設計業務をこなしながら、一方で自分の理想のアイデアを
追求すること。時間がかかり、その面では楽ではありませんが、たくさんのことを
考えながら、提案するのはとても楽しいものです。限られた時間と闘い、時間を作り出し、
時間を忘れて、没頭する日々。提出した後は、まるで抜け殻のようになってクターっと
なってます。が、その日の打ち上げの
また格別なので、やめられません!
今回の提案は、中庭を核として、いかに広がりのある空間を創るか、をテーマに
考えました。いかに、魅力的なものに仕上げるか、自分に課した宿題には、
きちんと答えられたように思います。「よくやった」と褒めてやります。
自分に対する要求に、きちんと答えてこそ、人々の要望にも答えられる。
そう思って、また新しいチャレンジに向かいます。経験を自分の財産として。
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遠い台風の影響で、波の高い海。ホリデーサーファーが横並びに大勢いました。
午後から下り坂のお天気。多目の雲の彼方から、朝日が昇ろうとしています。
仕事のフィニッシュに向かうとき、ついココロが急いで、ぞんざいになる時が
あります。ここまで出来たから、いいかと筆を置きたくなるとき。
それまで、よくやってきたので、満足しているのですが、本当はそこから先、
伝えるための作業が、実に大切なのでした。
考えた案を、きちんとしたわかりやすい答えに、作り直すぐらいの、丁寧な感覚が
いります。その中で、より大切にして伝えたいことを見つけて、やわらかくまとめる。
限られた時間の中で、どこまでやわらかさを保ちつつ、きちんと丁寧に向き合うか、
ここ数日、心がけて創ります。
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すこしずつ、冬が近づく秋です。現場に出て、風が吹く夕方、特に感じます。
先日、ほぼ日で糸井さんが、季節ごとに合った働き方のことを書かれていました。
昔はよく、農閑期の出稼ぎと言われたけれど、現代の場合は、冬には冬のペースで、
夜長に考える仕事をしたり、夏は朝早く暑くなる前にしかしないとか。そう考えると
人それぞれ様々なモチベーションで、事に当たれるなあ。幅が広がる感じがします。
お篭りをして、仕事の精度を上げることに集中するとか、柔らかなテーマで本を探して
デザインのきっかけを得るとか。ことこと煮込む料理のように、働くことが、
これからの季節には、合っているようです。さっそく、今日の現場から戻ったら、
ゆったりとスローペースで試してみることにしましょう。
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