学問・資格

得手と不得手の間

 闇間を出て、いまだ明けやらぬ朝を小一時間。戻ってもしばらくは、薄暗いのが冬です。

この冬は、本当に寒い冬でなかなかカラダが温まらず、散歩中の考え事もまとまらず、

珍しく「べからず」的な否定形なアタマになっております。

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 おりしも、受験シーズン。一級建築士の試験以来、受験の苦労は忘れていますが、

若い日の苦労はしておくものだな、と親になって思うこの頃です。

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 誰にでも、得意な分野はあって、それが仕事に結びつくとずいぶん幸せです。

私の場合は、図面書き。設計の仕事も、図面がメイン。恵まれていると思います。

 得手なことと不得手なことの間、そこにも可能性はたくさん隠れています。

すこしでも、自分の側により引き寄せられるものを探していきましょう。

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 苦手と思っているのは、思い込みかもしれません。

初心に返って、しばし考えてみましょうか。

親の身になる日

暖かだった昨日とは打って変わって、冷たい北風が吹き抜けていきます。

寒の戻りも二月の終わり。静かな土曜日がはじまりました。

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銀翼が尾を引いて東の空に飛んでいきます。よい朝のひとこま。

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昨日高校の合格発表があって、無事合格。自分の時は、己の実力がわかっていて

緊張はしなかったものの、親の身になってみれば、表向きは平静を装っていても、

内心はドキドキもの。「滑り止め」に行くことを、半分は覚悟いや3分の2は、思っておりました

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親の心、子しらず。足元の犬も同じかな。いつの世も、黙って見守るより仕方ない。

親として、その立場にならなければ決してわかりませんね。この季節、当人より傍の親御

さんの心配、察します。一息つく、一夜でした。

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小町通りの裏道、空き地となった片隅の黄水仙に、ココロなごむ朝です。

お利巧より、賢く

氷が張って、冷え込んだ白い朝。足元を気にしながらそろりそろりと歩き出す日曜日です。

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お日様が昇るのを待って、春を待つ木々。お互い、もう少し辛抱しましょう。

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Quiet

毎年、木曾から届く、立春の便り。今年はユリノキの翼果でした。

彼の地や、豪雪地帯、今年はさぞ大変でしょう。春を待ちわびるのは、温暖な鎌倉に居ては

本当は分からないことかもしれません。じーっと、ただ辛抱。やはり北国の人々の芯の強さ

にはかなわない。その分、恵まれた私は、より学ばなければなりませぬ。

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いまだ続く、受験シーズン。終われば、きっと春が来るのを信じて待ちます。

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我先に、と集まる年配の観光客を横目に見ていて「老賢者」というのは死語かと思います

人のふり見て、「ああはなりたくない」と思う自分も、偉そうなことはいえません。

彼は我なり。お利巧な受験生ならぬ、賢い中年。いまさらながら、学んでおりました。

「勉強すると、馬鹿になる」とは、昔の人の謂いです。馬鹿にされないよう、自分でよく

考えて、学問します。青年老い易く、学成り難し。学ぶ前に、自分に問うことが要りました。

淡々と、学ぶ

すこしずつ、ほんのすこしずつ、明るくなるのが早くなって、春へと向かっている感じがします

寒さは、まだこれからですが、明るい日差しは満遍なくさしてくれていました。

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ここ数日、西澤文隆さんの本を読み返していました。

もう亡くなられて四半世紀がたちますが、70年代に書かれた文章からは、今もなお

建築家の心構えが生き生きと伝わってきます。こちらも、齢を重ね、より深く内容を咀嚼する

ことが出来るようになってきました。折りしも、平行して読んでいた池田晶子さんの言葉と

重なる部分があって、一流の人たちは、おおもとのところで、同じことを考えていたことが、

よくわかる実感がありました。自然や宇宙と、自分との境目がなくなって、無我の境地になる

、そのことは、建築も哲学も、その対象は関係なく、考え続けることで「その場所」に

たどり着けるようです。まだまだ、その足元、いや足跡さえ見ることさえ出来ていませんが、

「相手を尊敬出来るということは、自分にもその素養があるから、そう思える。」という、

吉田美奈子さんの言葉を励みにして、学び続けようと思います。

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学びの足止め

思わず笑ってしまうような、強風と大雨になりました。めずらしい竜巻警報まで出ています。

子供達を車で送ろうとした時に、ちょうど自宅待機の連絡網が廻ってきました。

もうすこし早く連絡くれれば、ゆっくり待ったのに!!と、言っても自然の雨風には勝てない。

師走だというのに、残暑の夏の台風の、季節にいるような、空の下です。typhoon

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 私の母が、孫たちに「あなたたちの仕事は、勉強」とよく言っています。

日本も含めて、先進国では、学ぶことは当たり前のように出来て、私達もなんの疑問も

持たずに、学校へ行きました。でも、貧しい国では、当たり前のように働かなければ

ならない、それはたくさんの子供たちがいます。暮れになると、ユニセフの告知が

平和な日本に伝えられて、私達はその時だけ「可哀想に」とか同情しますが、

その場限り。次の時代を担う、子供の世界を、形作るのは、私達の考えでした。

 パスポートの要らない、学校へ行ける世界。世の中は、どんどん平和から遠ざかっていく

ように感じる、大雨に足止めの日の朝でした。

いざという時の、入力

八月のぼんぼり祭りのため、八幡様の参道に列柱が立てられています。

盛られた砂の繰り返しは、伊勢神宮の境内のような、清々しさを醸し出していました。

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 すこしアタマが夏バテモードで、考え事のペースが上がっていません。

こういう時は、ジタバタしても、何も出てはこないので、そそくさと店じまい。

広げた大風呂敷に、熱気だけ包み込んで、吉報を待ちます。

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 まだ、勤め人だったころ、飲食店の郊外店の打合せで、新宿歌舞伎町の裏手!へ

行った時のこと。話しがメニューのことになって、材料の原価は「三割」以下に

抑えないと、なんてことを聞きました。なんでそんなことを思い出すかと言えば、

仕事で三割打つには、十割の入力がいるのかな、と考えていたからのようです。

 いざという時、待ったなしで、チカラを出すには、日頃のインプットが効いてくる。

海面に浮かぶ氷山の一角が、相手に伝わるものとして、海中の部分をいかに

中身の詰まったものにするか。10のうち、3を出すための、10。この10を

大きくするのを、この夏仕事に精出しながら、考えます。

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 花火の一瞬のための、準備のように。

問題意識を持てる

時間が出来た時、みなさんは何をしたいと思いますか?

 私の場合は、たいてい身の周りの整理と、資料の読み直しでしょうか。

自営業者は、いつも自転車をこいで倒れないよう、生活しています。

自転車操業とは、よく言ったものだと思っています。

 普段は、立ち止まって考えるにしても、次の日には忘れていたり、

掘り下げることをしていません。インプットしたものは、咀嚼する時間がいります。

 気づきを得るためには、考えた時間の長さが必要でした。

いい答えは、いい質問から。身の周りにある問題を、自分に対して、どう問うか?

問い続けることが出来るか?日ごろから「思う」のではなく「考える」習慣を持ち、

時間をまとめてとる、努力はしたいと心がけています。

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 仕事は「いっぺんにする」ことを続けていると、時間が出来る、ご褒美がもらえます。

結局、毎日の、たくさんの事柄すべてが、その人の生活に結びついて、かたちになる。

どんなやり方であれ、続けていく意識を持っていたいと思います。

 養老先生は、みんなずーっと意識があると思っているけれど、

寝ている間は無いのだから、人生は点線である。ということを言われていました。

曲がりくねった点線でも、つながっていることには違いないから。

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 犬と歩く時間は、歩くリズムによって、「考える」時間にもなります。

その日その日によりますが。よい、週末を。

質を高める品をつくる

外は明け方から、冷たい雨が降っていました。幸い、今年の桜はまだ三分咲き。

いい週末が迎えられそうです。新しい年度の始まり、リラックスして、肩の力を抜いて、

とお天気が教えてくれているようです。

 ものをつくる設計という仕事。建物という具体的な物をつくるのですが、

そこに「質」とか「品」とか、数字やお金であらわせないものも、つくることに含まれています。

 光りの入り方であったり、天井の高さ、壁と窓のバランスだったり、具体的な大きさを

もったものをつくること。その出来た空間やらかたちから、質や品といったものを、

ひとは感じるわけです。その、ひとが感じる感覚を、つくる奥が深い仕事。

 「質」「品」を考え続けるための、燃料は、「学ぶ」ことの中にあると思います。

どんな仕事であれ、必要とされるとも思っています。

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吉本隆明さんのお話

昨晩の教育TVで、吉本さんの番組を見ました。

ひとりの人間が、長い間考えてきた凄みのようなものが、

あふれ出る情熱となって語られていました。

 自分が納得する独自の考えなんてなくて、たくさんの古典のなか、

物事の根本に戻って、さかのぼって、考える。

 難しい話ではなくて、身近な仕事や暮らしのなかで、すこしずつでも

自分なりのやりかたで、「考える」大切さを教えられました。

「学び」の年に。

建築士の必要性

もうすぐ個人事業税の引き落としがあります。

弁護士さんと同じ税率のわりに、社会的に低い評価に

耐震偽装が追い討ちをかけ、一級建築士の必要性さえ?

なのに、税金は変わらずもっていかれます。

建築を考えることが好きで、商売にすると、

建築士事務所登録が必要で、そのためにとる資格という以外、

本当に必要なのかどうか疑問です。

 今の社会での、専門分化によって、別に資格なんてなくても、

デザインをすることは出来ると思います。かたちを考えれば、

その形を実現するため、技術者に依頼すれば、実現できるのが

日本の技術力なので。最終的に誰が責任をとるのか、取れるのか?

その気概を持つ人であれば、資格の維持?の講習会なんてのも

いらないような気がします。

 市井の人々を支える、黒子に徹して、ただ淡々と仕事をする。

そのために、本当にためになることなら、進んでうけますが。

 「お前が、人間だったら、手を借りるのに」犬の手じゃった。

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