つまるところ、の何か
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
|
七夕を控えて、八幡様や街のあちらこちらに、短冊が飾られています。
願うことは、健康で元気に、そんな平凡なことになりましょうか。
毎朝、源平池の蓮の花が、ひとつ、またひとつと開いています。
足元の落ち着かぬ犬をたしなめつつ、しばし時の流れを止めてみたりしています。
七夕を前にして、今年の夏は、ある課題をこなしてみようと思い立ちました。
仕事の一部ですが、ひとつのプロトタイプを考えていきます。
設計の仕事は、ステップバイステップ。同時的、複合的、総合的に、多くの事柄から
最終形を見出すもの。付け焼刃では、だめなのです。
なにかテーマが与えられたとき、自分の引き出しが空っぽでは、答えをうわべだけ
引っ張ってきた、借り物で誤魔化すしかありませんね。
時代はなにもしなくても、変わっていきます。不易なものをひとつひとつ見据えて、
要望やら要請を、ただ待つのではなく、自分から探しに出ることがいるようです。
ひとところで、安住しては、よい時間を紡ぐことは出来ないように。
相棒は、海を見つめて、思慮深い、七夕イブの朝でした。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
|
夕べからの雨、音をたてて降り続く朝です。子供たちの通学、びっしょりになりそうで
「痛学」になりませぬように。迷犬も散歩おあずけで、途方に暮れてしょんぼりしています。
事業仕分けの第二弾が始まっていますが、庶民の感覚とは程遠い、予算の
どんぶり勘定と浪費。公益とは呼べず、私益法人と呼んだほうがいい組織が多いようです。
「名は体を表す」不必要に長い、公益法人の名前、事業の名称、それぞれの肩書き、
それらは、既に「無駄」を表出しているように思えました。
住まいの設計は、生活に密接にかかわる仕事です。また、建築は美の要素、デザインの
分野から、総合芸術と捉える人もいます。呼び名や捉え方はともかく、設計の仕事は、
ここからは、出来ない、やらないとかの、仕分けが簡単には出来ないものです。
日頃の、自主的なお勉強、特に建築や美術書は値段が張るし、いい建物を見て眼を
肥すにもかかります。時には、海外!へ自費!こういう個人の事業仕分け、きっぱりと
明朗会計が出来たなら。弱小設計事務所の事業主としては、子供手当てのお知らせに
目線が向かう、大雨の水曜日です。雨上がりの、晴天を![]()
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
|
いつも思うことですが、オリンピックの開会式で、知らない国がたくさんあるのでした。
国の名前は、聞いたことはあっても「どこ」の「どんな」がまったくわかりません。
情報化が進んでも、私達の目にするニュースは、偏った世界を映していることを、
いまさらながら、思います。「お国柄」やら「国民性」が国という枠を超えて交わる数週間、
日本でさえ、知らないことが、たくさんあるという事実も含めて、広ーいココロで
楽しみたいものです。
そんな「同時代性」を考えていたら、子供の宿題で、国旗をプリントアウト。
メキシコの国について、調べるテーマでした。
ほんとうにたくさんの人々が、同じ時代を生きる。ひとりひとりが違うことを考えて
違う人生を生きている事実は、途方もない広がりがありますね。
オリンピックという、夢の舞台は、その背景も見させてくれる機会でもありました。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
|
子供たちの、ゲームの世界では、頻繁に「死ね」「死んだ」を口にします。
以前は、簡単に言えるはずのない言葉の数々。聴こえるたび、なんでだろうと立ち止まる。
そんなことが、多くなってきました。
使う言葉を、一番よく聴いているのは、自分自身のはずなのですが、
そういう感覚が、すこしずつ麻痺してきているかのようです。
ぞんざいな言葉、自分のところから、出さないためには、一度「死んで」みるしかない
のかもしれません。確かなものがない時代、と言われますが、そんなものがあった時代は
ありませんでした。確かに「ある」とわかるものは、自分たちの存在だけ。
相手の存在を大事にするのは、言葉を選ぶのと、同じように思います。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
|
今日は、雨も上がりいよいよ10月のはじまりです。大きな地震が立て続けに起きて
いますが、こういう時、心配をしてもしょうがないので、一日一日を充実して過ごすとします。
火山が多く、地震などの災害が古来から続く日本では、「なる」という言葉が多いそうです。
成せばなる。なるようになる。うつむいていても、同じように朝が来て、あっという間に一日は
過ぎていきます。ならば、こうなりたいと思い描く姿、望む姿にすこしずつでも向かうのが、
自然であろうと考えます。望む姿というのは、いつの間にか、なるもののようです。
ひとから、望まれるひとというのは、先に自分の望む姿に向かう姿勢を持っているように。
なす術が無いように思えても、動き出せば、自然と景色が変わります。
なりたい人の姿には、なるべくして成る。秋に、実が生るように。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
|
八幡様の平家池、蓮の花がたくさん開いています。夏の終わりを、賑やかに。
池田晶子さんの本を、この夏は繰り返し読んでいます。亡くなられてから、
何冊かが出版されました。一言ひとことをよく読んでいくと、読むたびに違うことを
思います。「考える」レベルまで、なかなかいかず、思うところまでですが。
人に気持ちを伝えるには、言葉が必要で、言葉を選んで話すことが大切。
読むときにも、書かれた言葉から、丹念に選び取ることが必要に思います。
口にする言葉は、その人を物語り、あらわす。自分の口をついて出る言葉は、
自分が一番よく聞いているので、賤しいことばばかり話す人はそうなります。
「賤しい」言葉のループとは、決別して、貴い言葉を選び取り、自分のものに出来れば、
一歩ずつ、前に進めると思います。季節とともに。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
|
最近のコメント